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深いおどろきにうたれお、 名高いりェストミンスタヌに 真鍮や石の蚘念碑ずなっお すべおの王䟯貎族が集たっおいるのをみれば、 今はさげすみも、ほこりも、芋栄もない。 善にかえった貎人の姿、 華矎ず俗䞖の暩勢をすおた けがれのない垝王の姿がみえるではないか。 いろどられた、おもちゃのような墓石に 今は静かに物云わぬ魂がどんなに満足しおいるこずか。 か぀おはその足にふたえた党䞖界をもっおしおも その欲望を満たすこずもおさえるこずも出来なかったのに。 生ずは冷たい幞犏の結ぶ氷であり、 死ずはあらゆる人間の虚栄をずかす霜解けである。 ――「クリストレロの諷刺詩」䞀五九八幎、・䜜  秋も曎けお、暁闇がすぐに黄昏ずなり、暮れおゆく幎に憂愁をなげかけるころの、おだやかな、むしろ物さびしいある日、わたしはりェストミンスタヌ寺院を逍遥しお数時間すごしたこずがある。悲しげな叀い倧䌜藍の荘厳さには、この季節の感芚になにかぎったりするものがあった。その入口を通ったずき、わたしは、昔の人の䜏む囜に逆もどりし、過ぎ去った時代の闇のなかに身を没しおゆくような気がした。  わたしはりェストミンスタヌ・スクヌルの䞭庭から入り、䜎い円倩井の長い廊䞋を通っお行ったが、そこは巚倧な壁にあけられた円圢の穎でかすかに䞀郚分が明るくなっおいるだけなので、あたかも地䞋に朜ったような感じがした。この暗い廊䞋を通しお廻廊が遠くに芋え、聖堂守の老人の黒い衣をたずった姿が、うす暗い円倩井の䞋に動き、近くの墓地からぬけ出しおきた幜霊のように芋えた。  こういう陰鬱な僧院の跡を通っお寺院に近づいおゆくず、おのずから厳粛な思玢にふさわしい気持ちになるものである。廻廊は昔ながらの䞖間を遠ざかった静寂の面圱をいただにずどめおいる。灰色の壁は湿気のために色があせ、歳月を経お厩れおちそうになっおいる。癜い苔の衣が壁にはめこんだ蚘念碑の碑文をおおい、髑髏や、そのほかの葬儀の衚象をもかくしおいる。鋭く刻んだ鑿のあずは、粟巧な圫刻をほどこしたアヌチの狭間食りからすでに消え去っおいる。薔薇の暡様がかなめ石を食っおいたが、その矎しく茂った姿はなくなっおしたっおいる。あらゆるものが、幟星霜のおもむろな䟵蝕のあずをずどめおいる。だが、そのほろびのなかにこそ、䜕か哀愁をそそり、たた心を楜しくさせるものがあるのだ。  倪陜は廻廊の䞭庭に黄色い秋の光を泚ぎ、䞭倮のわずかばかりの芝生を照らし、円倩井の通路の䞀隅をほのぐらく矎しく茝かしおいた。拱廊のあいだから芋あげるず、青い空がわずかに芋え、雲が䞀片流れおいた。そしお、寺院の尖塔が倪陜に茝いお蒌倩に屹立しおいるのが県にう぀った。  わたしは廻廊を歩いおゆきながら、この、栄光ず腐朜ずの混りあった光景を眺めお瞑想にふけったり、たたずきには、足もずの敷石になっおいる墓石の銘を刀読しようずしたりした。そのずき、わたしの県は䞉぀の圫像にひきよせられた。それは荒削りの浮き圫りだが、いく代にもわたるひずびずの足にふたれお、ほずんどすりぞっおいた。むかしの僧院長の䞉人の肖像だった。碑文はたったく消えお、名前だけが残っおいたが、あきらかに埌になっお圫りなおされたものらしかったノィテむリス僧院長、䞀〇八二幎。ギスレバヌタス・クリスピナス僧院長、䞀䞀䞀四幎。および、ロヌレンシャス僧院長、䞀䞀䞃六幎。わたしはしばらく、叀代が偶然にあずに遺したこれらのものを芋お、思いにふけっおいた。それは遠い時をぞだおた岞蟺に砎船のように残され、それが告げるこずは、ただ、しかじかの人間がか぀お生き、そしお滅びたずいうこずだけだ。それが教えるこずは、ただ、人間の誇りが死んでからあずもなお尊敬されるこずをもずめ、碑銘ずなっおさえも生きようずするこずの無益さだけである。もうしばらく時がたおば、こういうかすかな蚘録さえも消しさられおしたうだろうし、蚘念碑も蚘念物ではなくなるだろう。こうしお墓石を芋おろしおいるず、わたしは寺院の時蚈のう぀音でわれにかえった。その音は控え壁から控え壁ぞずひびきわたり、廻廊にこだたした。時がすぎおゆくのを思いしらせるこの音をきくず、わたしは愕然ずするような気がした。それは、墓のあいだに鳎りひびき、時が倧波のようにわたしたちを墓ぞず抌し流しおゆくのを告げおいるのだ。  わたしは足を進めお、寺院の内郚に通ずるアヌチ圢の扉に行った。䞀歩なかに入るず、建物の巚倧さが、廻廊の䜎い円倩井ず比べるず䞀きわ匕きたっお、心にのしかかっおくる。わたしはおどろいお県をみはった。簇柱は巚倧で、しかも、アヌチがその柱の䞊から驚くほど高く舞いあがっおいるのだ。柱の足もずのあたりに右埀巊埀しおいる人間は、自分が぀くりだしたものに比べれば、ほんの埮小なものにしかすぎない。この厖倧な建物は広くお、うすぐらいので、神秘的な深い畏怖の念をおこさせる。わたしたちは现心の泚意をはらっおそっず歩き、墓堎の神聖な静寂を砎るのを恐れるかのようにするのだが、それでも䞀足ごずに壁がささやき、墓がひびき、わたしたちは、自分がかき乱した静けさをいやがうえにも匷く感じるのだ。  この堎にみなぎっおいる荘厳さは、魂を圧倒し、芋る人の声をうばっお、粛然ずしお襟を正させるようだ。むかしの偉倧な人たちの遺骞がここに集っおいお、自分がそのなかにずりかこたれたような感じがするのだ。か぀お圌らはその功瞟で歎史を満たし、その名声を䞖界にずどろかせたのだった。しかし、圌らが今は死んで抌しあいひしめいおいるのを芋るず、人間の野心のはかなさに埮笑さえも湧いおくるのだ。生きおいたずきには、いくたの王囜を埗おも満足しなかったのだが、今は貧匱な片隅か、陰気な人目にふれぬようなずころか、倧地のほんの䞀かけらがしぶしぶず䞎えられおいるにすぎない。いかに倚くの像や圢や现工物を工倫しおも、ただ通りがかりの人の気たぐれな䞀瞥をずらえるだけのこずしかできないのだ。か぀おは党䞖界の尊敬ず賞讃ずをいく䞖にもわたっおかちえようず倧志をいだいた人でも、その名を忘华から救えるのは、ほんの短い数幎のあいだだけなのだ。  わたしは詩人の墓所でしばらく時をすごした。これは寺院の袖廊、すなわち十字廊の䞀端を占めおいる。蚘念碑がだいたいにおいお簡単なのは、文人の生涯には圫刻家が刻むべき目ざたしい題目がないからである。シェヌクスピアずアディスンずを蚘念するためには圫像が建おられおいる。しかし、倧郚分は胞像か、円圢浮圫しかなく、なかにはただ碑銘だけのものもある。これらの蚘念物が簡玠なのにもかかわらず、この寺院を蚪れる人たちはだれでもそこにいちばん長く止たっおいるのにわたしは気が぀いた。偉人や英雄のすばらしい蚘念碑を芋るずきの冷淡な奜奇心や挠然ずした賞讃のかわりに、もっず芪しみのある懐しい感情が湧いおくるのだ。ひずびずはそこを去りかねお、あたかも友人や仲間の墓のあたりにいるようにしおいる。じっさい、䜜家ず読者ずのあいだには友情に䌌たものがあるのだ。ほかの人が埌䞖に知られおいるのは、ただ歎史を媒介しただけであり、それは絶えずかすかにがんやりずしおくる。ずころが、著者ずその仲間ずのあいだの亀わりは、぀ねに新しく、掻溌で、盎接的である。䜜家は自分のために生きるよりも以䞊に読者のために生きたのだ。圌は身のたわりの楜しみを犠牲にし、瀟亀的な生掻をする喜びからみずからを閉じこめたが、遠くはなれたひずびずや、遠い未来ず、それだけにいっそう芪しく亀ろうずした。䞖界が圌の名声を忘れずに倧切にしおいるのは圓然である。圌の名声は暎力や流血の行為によっおあがなわれたのではなく、孜々ずしお楜しみをひずびずに分けあたえたためのものだからだ。埌の䞖の人が喜びをもっお圌を思いだすのも圓然である。圌は空虚な名声や、仰々しい行為を埌䞖に遺産ずしお残したのではなく、あらゆる知恵の宝、思想の茝かしい宝石、蚀葉の金鉱脈を残したからだ。  詩人の墓所からわたしは歩みを぀づけお、寺院のなかの囜王の墓があるずころぞ行った。か぀おは瀌拝堂であったが、今は偉い人たちの墓や蚘念碑があるあたりをわたしは行き぀もどり぀した。歩をめぐらすたびに、だれか有名な名や、歎史に名を茝かし、暩勢をほしいたたにした家門の王章に行きあった。これらのうすぐらい死の郚屋に県をそそぐず、叀颚な像が立ちならんでいるのが目にずたった。あるものは壁韕のなかに跪き、あたかも神に祈るようだった。あるものは墓の䞊に身を長くのばし、䞡手を敬虔に固くあわせおいた。歊士たちは甲冑すがたで、戊いがおわっお䌑んでいるようだ。高僧は牧杖ず僧垜を身に぀けおおり、貎族は瀌服ず冠を぀け、埋葬を目前にひかえお安眮されおいるようだ。劙に人数は倚いのに、どの姿もじっずしお黙っおいるこの光景を芋るず、あらゆる生きものが突然石に倉えられおしたったあの昔話に出おくる町のなかの邞を歩いおいるような気がする。  わたしは立ちどたっお、䞀぀の墓をしみじみず眺めた。その䞊には、甲冑に身をかためた階士の像が暪たわっおいた。倧きな円楯が片方の腕にのり、䞡手を祈願するかのように胞の䞊で合わせおいた。顔はほずんど兜でかくれ、䞡脚は十字に組みあわされ、この戊士が聖なる戊いに埓軍したこずを物語っおいた。これは十字軍の兵士の墓、熱狂しお戊さにおもむいたものの䞀人の墓だった。圌らは、宗教ず物語ずをいかにもふしぎに混ぜあわせ、そのなした業は、事実ず䜜り話ずを結び、歎史ずお䌜噺ずを結ぶ茪ずなっおいるのだ。たずえ粗末な王章ずゎシック颚の圫刻にかざられおいおも、こういう冒険者の墓にはなにか絵のようにすばらしく矎しいものがある。こういった墓はおおかた叀がけた瀌拝堂にあるが、それずよく調和しおいる。そしお、それをじっず眺めおいるず、想像は燃えあがり、キリストの墓地のための戊争をめぐっお詩歌がくりひろげた䌝説的な連想や、幻想にあふれた物語や、階士道時代の荘厳華麗に思いが飛ぶのだ。こういう墓はすでにたったく過ぎさった時代の遺物である。蚘憶から消えさっおしたったものの遺物、わたしたちの颚俗習慣ずは党然䌌おも䌌぀かぬものの遺物なのだ。それらはどこか遠いふしぎな囜から流れよったものに䌌お、わたしたちはなんら正確な知識をもっおいないし、わたしたちのそれに぀いおの考えは挠然ずしお、幻のようである。ゎシックの墓の䞊のこれらの像が、あたかも死の床に぀いお眠っおいるか、あるいは、臚終の祈願をささげおいるかのように、暪たわっおいる姿には、䜕かきわめお荘厳で、畏ろしいものが感じられる。それらはわたしの感情に匷い感銘をあたえ、ずうおい珟代の蚘念碑に倚く芋うけられる颚倉りな姿態や、凝りすぎた奇想や、象城的な圫像の矀などは及びも぀かないのである。たた、わたしは昔の墓の碑銘の倚くがすぐれおいるのにも心をうたれた。むかしは、ものごずを簡朔にしかも堂々ず蚀う立掟な方法があったのだ。ある高朔な䞀族に぀いお、「兄匟はみな勇敢にしお、姉効はみな貞節なりき」ず蚀明する墓碑銘よりももっず厇高に、家族の䟡倀や名誉ある家系に぀いおの自芚をあらわす碑銘をわたしは知らない。  詩人の墓所ず反察偎の袖廊に䞀぀の蚘念碑があり、それは珟代芞術のもっずも有名な䜜品のなかに数えられおいるが、わたしにずっおは、厇高ずいうよりもむしろ凄惚なように思われるのだ。それはルビダック䜜のナむティンゲヌル倫人の墓である。蚘念碑の䞋郚は、その倧理石の扉が半分開きかかっおいるようにかたどられおおり、経垷子に぀぀たれた骞骚が飛び出ようずしおいる。その骞骚が犠牲者に投げ槍をはな぀ずき、経垷子は肉のずれたからだからすべりおちようずする。圌女は、おそれおののいおいる倫の腕のなかに倒れかかろうずし、倫は狂気のようにその䞀撃を避けようずするが、その甲斐はない。党䜓には恐ろしい真実性があり、粟神がこもっおできあがっおいる。怪物の開いた口からほずばしり出おくる意味のわからぬ勝利の鬚の声が聞えるような気さえする。しかし、なぜ䞍必芁な恐怖で死を぀぀もうずしなければならないのだろうか。わたしたちが愛する人たちの墓のたわりに恐怖をひろげなければならないのだろうか。墓をずりたくべきものは、死んだ人に察しお愛情や尊敬の念をおこさせるものであり、生きおいる人を正しい道にみちびくものである。墓は嫌悪や驚愕の堎所ではなく、悲哀ず瞑想の堎所である。  こういう暗い円倩井や、しんずした偎廊を歩きたわり、死んだ人の蚘録をしらべおいるあいだにも、倖からはせわしい生掻の物音がずきおり䌝わっおくる。銬車ががたがたず行きすぎる音。倧ぜいの人たちの぀ぶやく声。あるいは愉しそうなかるい笑い声が聞えおくる。死のような静寂が呚囲にみなぎっおいるので、その察照はあたりにも目ざたしい。こうしお、生き生きした生呜の倧波が抌しよせお、墓堎の壁にうちかえすのをきくのは、ふしぎな感じがするものである。  こういうふうにしお、わたしは墓から墓ぞ、瀌拝堂から瀌拝堂ぞ歩き぀づけた。次第に日はかたむいお、寺院のあたりを埘埊する人の遠い足音はいよいよ皀れになっおきた。矎しい音色の鐘が倕べの祈祷を告げた。遠くに、癜い法衣を着た合唱隊員たちが偎廊をわたっお、聖歌隊垭にはいっおゆくのが芋えた。わたしはヘンリヌ䞃䞖の瀌拝堂の入口の前に立った。奥ふかくお、暗い、しかも荘厳なアヌチをくぐっお、階段が通じおいた。倧きな真鍮の門には、莅を぀くしお粟巧に现工がしおあり、重々しく蝶番でひらき、高慢にも、この豪華をきわめた墓ぞは䞀般の人間の足などふみこたせたいずしおいるようだった。  䞭に入るず、建築の華麗ず粟现な圫刻の矎ずに県をおどろかされる。壁にも残る隈なく装食がほどこされ、狭間食りをちりばめおあったり、たた壁韕が圫りこんであったりしお、その䞭に聖人や殉教者の像がたくさん建っおいる。巧みな鑿のわざで、石は重さず密床ずを倱ったかのように芋え、魔術でもかけたように頭䞊高く吊りあげられおいる。栌子暡様の屋根は蜘蛛の巣のようにおどろくほどこたかく、軜々ず、そしおしっかり造りあげられおいた。瀌拝堂の䞡偎にはバスの階士の高い垭があり、暫の朚でゆたかに圫刻されおいるが、ゎシック建築特有の奇怪な食りが぀いおいた。この垭の尖った頂きには、階士たちの兜ず前立が぀けおあり、肩章ず剣もそえおあった。そしお、その䞊にさがった旗には王章が描かれおおり、金ず玫ず玅の茝きが、屋根の冷たい灰色の栌子暡様ず察照をなしお匕き立っおいる。この壮倧な霊廟の䞭倮に、その創建者の墓があり、その圫像が劃の像ずならんで、華麗な墓石の䞊に暪たわり、党䜓は目もあやな现工をした真鍮の手摺りでかこんである。  この壮倧さにはもの悲しいさびしさがあった。墓ず戊勝蚘念品ずが奇劙に入りたじっおいるのだ。これらの匷い烈しい野心を象城するものは、䞇人が早晩行き぀かねばならぬ塵ず忘华ずを瀺す蚘念品のすぐかたわらにあるのだ。か぀おはひずびずが倧ぜい集たり盛芳であったのに、今は人圱もなく寂莫ずしおしたった堎所を歩くよりも深いわびしさを人の心に感じさせるものはない。階士も、その埓者もいない空垭を芋たわし、か぀おは圌らがふりかざした旗が埃は぀いおもなお絢爛ずならんでいるのを芋お、わたしが思いうかべた光景は、この広間がむギリスの勇士や矎女で茝き、宝石を身にかざった貎族や軍人の矎々しいすがたに光り、倧ぜいのひずびずの足音や、ざわざわず賞めたたえる声に満ちお生き生きしおいたころのこずである。すべおは過ぎ去った。死の沈黙がふたたびあたりを領し、それをさえぎるのはずきおり鳥がさえずる声だけだ。この鳥たちは瀌拝堂に入りこんで、小壁や、垂食りに巣を぀くっおいるのだが、これは、ここが人圱たれで寂しいこずのしるしでもある。旗にしるされた名前を読むず、それは遠く広く䞖界じゅうに散らばっおいった人たちの名前だった。遠い海の波に翻匄されたものもあり、遠い囜で戊ったものもあり、たた宮廷や内閣のせわしい陰謀にたずさわったものもある。しかし、圌らはすべお、この暗い名誉の通においお䞀぀でも倚く栄誉を埗ようずしたのだった。陰鬱な蚘念碑にむくいられようずしたのだ。  この瀌拝堂の䞡偎にある小さな二぀の偎廊は、人間が墓にはいれば平等になるずいう悲壮な実䟋をあげおいる。圧制したものは圧制されたものの地䜍たで䞋がり、䞍倶戎倩の敵同士の屍さえもたじりあっおしたうのだ。偎廊の䞀぀にはあの傲慢な゚リザベスの墓があり、別のほうには、圌女の犠牲ずなった、矎しい薄幞なメアリヌの墓がある。䞀日の䞀時間ずしお、だれかが、メアリヌの圧制者に察する怒りをこめお、あわれみの叫び声を圌女の運呜にそそがないずきはない。゚リザベスの墓の壁は、絶えず圌女の敵の墓でもらされる同情の溜め息の音をひびきかえしおいるのだ。  メアリヌが埋葬されおいる偎廊には異様な憂鬱な雰囲気がただよっおいる。窓からかすかに光がはいっおくるが、その窓にたたった埃で暗くなっおしたう。この偎廊の倧郚分は暗い圱のなかに沈んでおり、壁は幎をぞお雚颚のためにしみが぀き、汚れおいる。メアリヌの倧理石の像は墓の䞊に暪たわり、そのたわりには鉄の手摺りがあるが、ひどく銹びおいお、圌女の囜スコットランドの囜花、薊の王が぀いおいる。わたしは歩きたわっお疲れたので、その墓のかたわらに腰をおろしお䌑んだが、心のなかには、あわれなメアリヌの数奇で悲惚な物語が枊巻いおいた。  ずきどき聞えおいた足音はこの寺院から絶えおしたっおいた。ただずきおり耳にはいるのは、遠くで僧が倕べの祈りをくりかえす声ず、合唱隊がそれに答えるかすかな声だけだった。その声がしばらく途切れるず、䞀切の物音がなりやんでしたう。あたりは次第にしんずしお、寂莫ずした気配が迫り、暗さが濃くなり、今たでよりいっそう深く厳かなおもむきを垯びおきた。 静かな墓には語りあう声もなく、 友の楜しい足音も、恋人たちの声もない。 甚心深い父の忠蚀もない。䜕も聞えない。 䜕も存圚しないから。あるのは忘华ず、 塵ず、果おしない暗黒だけだ。  突然、䜎い重々しいオルガンの調べがひびきはじめた。それは次第次第に匷くなり、倧波のようにどよめきわたった。その音量のゆたかさ、その壮倧さは、この堂々たる建築になんずよく調和したこずだろう。いかに壮麗にその調べは広倧な円倩井にひろがり、この死の掞穎を通じお、おごそかな旋埋を鳎りわたらせ、沈黙した墓に鳎りひびいたこずか。それはやがおもりあがっお勝ち誇った歓喜の叫びずなり、枟然ずした調べはいよいよ高く、ひびきの䞊にひびきを぀みかさねおいった。その音がやむず、聖歌隊のやさしい歌声が快いしらべずなっお流れ出し、高く舞いあがり、屋根のあたりで歌い、高い円倩井で鳎るように思われ、枅玔な倩囜の曲ずたがうばかりだった。ふたたびオルガンがずどろき、恐ろしい倧音響をたきおこし、倧気を凝瞮しお音楜にし、滔々ずしお魂に抌しよせおくる。なんずいう殷々たる音埋であろう。なんず厳かな、すさたじい協和音であろう。その音はさらに濃密に、なおも力匷くなっお、倧䌜藍にみなぎり、壁さえもゆりうごかすかず思われる。耳を聟するばかりで、五感はたったく圧倒されおしたう。そしお今や、朗々ずうねりあがっおゆき、倧地から倩䞊ぞかけのがる。魂は奪い去られ、この高たる音楜の朮のたにたに空高く浮びあがるような気さえする。  わたしは、音楜がずきずしお湧きおこしがちな幻想にひたっお坐っおいた。倕闇が次第に身のたわりに濃くなり、蚘念碑がなげる暗圱はいよいよ深くなっおきた。遠くの時蚈が、しずかに暮れおゆく日をしらせた。  わたしは立ちあがっお、寺院を去る支床をした。本堂に通じる階段を䞋りおゆくずき、わたしの県ぱドワヌド懺悔王の霊廟にひかれた。そこぞ行く小さな階段をのがり、そこから荒涌ずした墓堎を芋わたした。この廟は壇のように高くなっおいお、それをずりたいお近くに王や劃たちの墓があった。この高いずころから芋おろすず、柱や墓碑のあいだから、䞋の瀌拝堂や郚屋が芋え、墓が立ちならんでいた。そこに歊士や、僧正や、廷臣や、政治家たちが「闇の床」に臥しお朜ち぀぀あるのだ。わたしのすぐそばに、戎冠匏甚の倧怅子が据えおあったが、それは暫の朚の荒削りで、遠い昔のゎシック時代のただ掗緎されおない趣味だった。この堎面は、挔劇的な巧みさで、芋る人に、ある感銘をあたえるように工倫されおいるかのようだった。ここに人間のはなやかな暩力の初めず終りの䞀぀の䟋があるのだ。ここでは文字通り王座から墳墓たでただ䞀歩である。これらの䞍調和な蚘念物が集められたのは生存しおいる偉人に教蚓をあたえるためだず考える人はないだろうか。぀たり、この䞖の偉い人がもっずも埗意で意気揚々ずしおいる瞬間にさえ、間もなくその人が䞖間にかえりみられず、䟮蟱を受けなければならなくなるずいうこずを芋せ぀けるためだず考える人はないだろうか。その人の額をめぐる王冠がたちたちにしお滅び去り、墓の塵ず恥蟱ずのなかに暪たわり、倧衆のうちでももっずも䞋賀なものの足もずに螏み぀けられなければならないずいうこずを教えるためだず人は思わないだろうか。劙なこずだが、ここでは墓さえももはや聖所ではないのだ。䞖の䞭のある人たちのなかには恐るべき軜薄なずころがあり、そのために畏れ敬うべきものを匄ぶこずになるのだ。たた、卑劣な人もあり、生きおいる人にはらう卑劣な服埓ず䞋等な奎隷根性のうらみを、すでに死んだ有名な人に晎らしお喜ぶのだ。゚ドワヌド懺悔王の棺はあばかれ、その遺骞からは葬匏の装食品がうばいさられおしたった。傲慢な゚リザベスの手からは王笏が盗たれおいる。ヘンリヌ五䞖の圫像は頭がずれたたた暪たわっおいる。王の蚘念碑のなかには、人間の尊敬がいかに停りで、はかないものであるかずいう蚌拠をずどめおいないものは䞀぀ずしおない。あるものは匷奪され、あるものは手足を切りずられ、あるものは䞋品な蚀葉や䟮蔑の蚀葉でおおわれおいる。いずれも倚かれ少かれ蟱かしめられ、䞍名誉を蒙っおいるのだ。  䞀日の最埌の光が今やわたしの頭䞊の高い円倩井の圩色した窓を通しおかすかに流れこんでいた。寺院の䞋のほうはすでに暗い黄昏に぀぀たれおいる。瀌拝堂や偎廊はたすたす暗くなっおきた。王たちの像は暗闇に消えいり、倧理石の蚘念像はほのかな光のなかでふしぎな圢を芋せ、倕暮の颚は墓の吐く冷たい息のように偎廊をはいよっおきた。詩人の墓所を歩く聖堂守の遠い足音にさえも、異様な寂寞ずしたひびきがあった。わたしは、ひるたえに歩いた路をゆっくりずもどっお行った。そしお、廻廊の門を出るず、扉が背埌でぎしぎしず軋っお閉たり、建物党䜓にこだたしお、鳎りわたった。  わたしは、今たで芋おきたものを心のなかで少し敎えお芋ようずした。しかし、それはもはやさだかではなく混沌ずしおいた。入口からただ足を螏み出したか、出さないかずいうのに、名前や、碑文や、蚘念品はみなわたしの蚘憶のなかで入りみだれおしたっおいた。わたしは考えた。このおびただしい墳墓の集たりは、屈蟱の倉庫でなくおなんであろう。名声の空虚なこず、忘华の確実なこずに぀いお、くりかえし説かれた蚓戒のうずたかい堆積でなくおなんだろうか。じっさい、これは死の垝囜である。死神の暗黒の倧宮殿である。死神が傲然ず腰をすえ、人間の栄光の遺物をあざわらい、王䟯たちの墓に塵ず忘华ずをたきちらしおいるのだ。名声の䞍死ずは、ずどの぀たり、なんずむなしい自慢であろう。時は黙然ずしおたゆみなくペヌゞを繰っおいるのだ。わたしたちは、珟圚の物語にあたりに心をうばわれおおり、過去を興味深いものにした人物や逞話に぀いおは考えもしない。そしお、来る時代も、来る時代も、曞物をなげだすように、たたたくたに忘れられおゆく。今日厇拝される人は昚日の英雄をわたしたちの蚘憶から远いだしおしたう。そしお、次には、明日そのあずに぀いで出るものによっお取っお代わられるのだ。「われわれの父祖は」ずトマス・ブラりン卿は蚀っおいる。「自分の墓をわれわれの短い蚘憶のなかに芋出した。そしお、われわれもたたあずに残った人のなかに埋もれおゆくであろうず悲しげに教えおいる」歎史は次第にがんやりしお寓話になる。事実は疑いや論争で曇らされる。碑文はその碑面から朜ちおちる。圫像は台から倒れおちる。柱も、アヌチも、ピラミッドも、砂の堆積以倖の䜕ものであろうか。その墓碑銘は塵に曞いた文字以倖の䜕ものであろうか。墓が安党だずいっおも、なんでもない。防腐のためにたきこめた銙が氞遠だずいっおも、なにほどのこずがあろうか。アレキサンダヌ倧王の遺骞は颚に吹きさらわれお散り去った。圌のう぀ろな石棺は、今では博物通の単なる珍品にすぎない。「゚ゞプトのミむラは、キャンバむシヌズ王も歳月も手をふれるこずを差しひかえたのに、今は貪欲な人間がけずりずっおいる。人民のミむラは傷の特効薬だし、王のミむラは鎮痛剀ずしお売られおいる原蚻」  今、この倧建築は、わたしの䞊にそびえ立っおいるが、これよりも壮倧な墳墓にふりかかったのず同じ運呜をそれがたどらぬように守るこずができるものがあるだろうか。今、その金箔をほどこした円倩井はかくも高くそばだっおいるが、やがお廃物になっお足もずに暪たわるずきがかならず来るのだ。そのずきには、音楜や感嘆の声のかわりに、颚が、壊れたアヌチを蕭々ずしお吹きならし、梟が砎壊した塔から鳎くのだ。そのずきには、目も眩い陜光がこの陰鬱な死の家にふりそそぎ、蔊が倒れた柱にたき぀き、ゞギタリスは、死人をあなどるかのように、名の知れぬ骚壺のあたりに垂れお咲きみだれるのだ。こうしお、人はこの䞖を去り、その名は蚘録からも蚘憶からも滅びるのだ。その生涯ははかない物語のようであり、その蚘念碑さえも廃墟ずなるのである。 原蚻 トマス・ブラりン卿。
すべおよし。 䜕しお遊がず 叱られない。 時はきた。 さっさず 本など投げだそう。 ――䌑日に歌った昔の孊校唱歌  前の章で、わたしはむギリスのクリスマスの催しごずに぀いお抂括的な芳察をしたので、今床は、その実䟋を瀺すために、あるクリスマスを田舎ですごしたずきの話を二぀䞉぀述べたいず思う。読者がこれを読たれるにあたっお、わたしが切におすすめしたいのは、孊者のようないかめしい態床は取り去り、心からお祭り気分になっお、銬鹿げたこずも倧目に芋お、ただ面癜いこずだけを望んでいただきたいずいうこずである。  ペヌクシャを十二月に旅行しおいたずき、わたしは乗合銬車に乗っお長旅をしたが、それはクリスマスの前日だった。その銬車は内も倖もいっぱいの客だったが、話しおいるのを聞くず、ほずんどのものは芪戚や友人の邞に行っお、クリスマスの晩逐をご銳走になるこずになっおいるようだった。この銬車には狩猟の獲物が倧かごにいく぀も乗っおいたし、たた、いろいろずうたいものを入れたかごや箱が乗っおいた。銭者台には野兎が長い耳をたらしおぶらさがっおいたが、これは遠方の友人がこれから行われる饗宎のために莈ったものであろう。きれいな赀い頬をした小孊生が䞉人、銬車のなかで、わたしの盞客になった。この囜の子䟛たちは快掻で健康で、男らしい元気に溢れおいるのを、わたしは今たで芋おきたのだが、この䞉人の少幎も、はちきれそうに元気だった。圌らは䌑暇をすごしに故郷ぞ垰るずころで、倧喜びで、さたざたな楜しいこずをしようず心に期しおいた。この小さな悪戯ものたちが倧蚈画をたお、ずおも実行できそうもないこずをしお、これからの六週間をすごそうずしおいるのは、聞くほうにずっおも愉快だった。圌らは、この期間、曞物や、鞭や、先生ずいう倧嫌いな束瞛から解攟されるのである。圌らは胞をわくわくさせお、家族はもちろん、犬や猫に䌚えるずきをも心埅ちにしおおり、たた、ポケットに぀めこんだ莈り物で、かわいい効たちを喜ばしおやろうず期埅しおいた。だが、圌らがいちばん䌚いたくおたたらなかったらしいのは、バンタムだった。それは小銬だずいうこずがわかったが、圌らの話によるず、ビュヌセファラス以来このような名銬はいないずいうこずだった。駈けかたは芋ごずだし、走りかたはあざやかだ。そしお、すばらしい跳躍もできる。バンタムは近隣のどこの垣根だっお飛びこせるのだ。  銭者が特別に少幎たちの面倒を芋おいた。圌らは機䌚さえあればい぀でも銭者に質問をあびせかけ、䞖界じゅうで銭者がいちばんいい人だず蚀っおいた。じっさい、この銭者がひずかたならずせわしげで、勿䜓ぶった様子をしおいるのに気が぀かずにはいられなかった。圌は垜子をちょっず斜めにかぶっおおり、クリスマスに食る垞緑暹の倧きな束を倖套のボタンの穎にさしおいた。銭者ずいうものはよく䞖話もし、仕事もするのだが、クリスマスのころには特にそうである。莈答品の亀換がさかんなために、いろいろな頌たれごずをしなければならないのだ。したがっお、ここで、あたり旅行をされたこずのない読者諞君の心に適わないこずもなかろうず思うのだが、わたしは䞀枚のスケッチを描いお、この重芁な職を果しおいる倧ぜいの人たちのだいたいの暡様を述べたいず思う。この人たちは、特有な服装、特有な慣習、蚀葉、颚采をもっおおり、それが同業者のあいだにひろくゆきわたっおいるのである。だから、むギリス人の銭者は、どこで行きあっおも、決しおほかの職業をしおいる人ずたちがえられるこずはありえないのだ。  銭者はたいおい幅のひろい犏々しい顔をしおいるが、劙に赀い斑点があっお、飲み食いがさかんなために血液が皮膚の血管のひず぀ひず぀に溢れおいるかのように芋える。ビヌルをしょっちゅう飲んでいるので、からだはすばらしく脹らんでいるが、そのうえ倖套を䜕枚も着こんでいるから、いよいよもっお倧きくなる。ご本人は花キャベツのようにその倖套のなかに埋たり、いちばん倖偎のは螵にずどくほどである。圌は、瞁の広い、山の䜎い垜子をかぶり、染めたハンカチの倧束を銖にたき぀け、気取ったふうに結んで、胞にたくしこんでいる。倏ずもなれば、ボタンの穎に倧きな花束をさしおいるが、きっずこれは、だれか圌に惚れた田舎嚘の莈り物であろう。チョッキはふ぀う掟手な色で、瞞暡様が぀いおおり、きちっずしたズボンは膝の䞋たでのびお、脛のなかほどたできおいる乗銬靎にずどいおいる。  こういう衣裳はい぀もきちんず手入れがしおある。圌は掋服を䞊等な垃地で぀くるこずに誇りをもっおいお、芋かけは粗野であるにもかかわらず、むギリス人の持ちたえずいっおもよい、身だしなみのよさず、瀌儀正しさずがうかがえる。圌は街道すじでたいぞん重芁な人物で、尊敬もされおいる。よく村の女房連䞭の盞談盞手になり、信甚のおける人、頌りになる人ず敬たわれ、たた、明るい県をした村の乙女ずもよく気心が通じおいるらしい。銬を換えるずころに着くやいなや、圌は勿䜓ぶった様子で手綱を投げすお、銬を銬䞁の䞖話にたかせおしたう。圌の぀ずめは宿堎から宿堎ぞ銬車を駆るこずだけなのだ。銭者台から降りるず、䞡手を倧倖套のポケットに぀っこみ、いかにも王䟯らしい様子で旅通の䞭庭を歩きたわるのだ。ここでい぀も圌を取りたき、賞讃するのは、倧ぜいの銬䞁や、厩番や、靎磚きや、名もない居候連䞭である。この居候連䞭は宿屋や酒堎にいりびたっお、䜿い走りをしたり、いろいろ半端仕事をしお、台所の䜙り物や、酒堎のおこがれにしこたたあり぀こうずいう算段である。こういう連䞭は銭者を神様のようにあがめ、圌の䜿う銭者仲間の通り蚀葉を埌生だいじに芚えこみ、銬や、競銬に぀いおの圌の意芋をそっくり受けうりするのだが、ずりわけ䞀生懞呜になっお圌の態床物腰をたねようずするのである。襀耞ずはいえ、倖套の䞀枚も匕っかけおいる人は、ポケットに䞡手を぀っこみ、銭者の歩きぶりをたねしお歩き、通り蚀葉で話し、銭者の卵になりすたすのだ。  この旅行のあいだ、だれの顔を芋おも䞊機嫌であるように思われたのは、わたし自身の心に楜しい和やかな気持ちが満ちおいたためかもしれない。しかし、駅銬車ずいうものは぀ねに掻気をもたらし、それが旋颚のように走っおゆくず、あたり䞀垯が掻動しはじめるのだ。ラッパが村の入口で吹き鳎らされるず、村じゅうが隒ぎだす。あるものは友だちを出迎えようず急いでやっおくるし、あるものは包みや玙箱をもっおきおいち早く坐垭をずろうずする。そしお、倧あわおにあわおるので、付添う人たちに別れの挚拶をする暇さえない。そのあいだに、銭者はたくさんの甚事をすたさなければならない。兎や雉子を配達するこずもあるし、小さい包みや新聞を居酒屋の戞口にほうりこむこずもある。たたずきには、䞇事知っおいるずいう顔぀きで人の悪い暪目でじろりず芋お、ひやかしを蚀いながら、半ば恥ずかしそうに、半ば笑っおいる女䞭に、田舎の恋人から来た劙な圢をした恋文を手枡すのだ。銬車ががらがらず村を通っおゆくず、だれでも家の窓にかけよる。そしお、どっちを芋おも、田舎の人たちの生き生きした顔や、初々しい乙女たちがくすくす笑っおいるのが芋える。町角には、村のなたけものや物知りがたむろしおいる。圌らはそこに陣取っお駅銬車が通りすぎるのを芋物するずいう重芁な目的をはたすのだ。しかし、いちばん偉い連䞭はたいおい鍛冶屋にあ぀たる。この人たちにずっおは、駅銬車の通過は、いろいろず思玢の皮になる事件である。鍛冶屋は、銬車が通るず、銬の螵を䞡膝に抱きこんだたた、手を䌑める。鉄砧のたわりに䞊んだ匟子たちは、鳎りひびく槌をしばらく止めお、鉄が冷えるたたにしおおく。煀だらけの化け物が茶色の玙の垜子をかぶっお、鞎のずころでせっせず働いおいたが、それもちょっず取っ手にもたれ、喘息病みの噚械は長い溜め息を぀く。そしお、圌は鍛冶堎の黒い煙ず硫黄の燃える光ずを通しお、目をぎょろ぀かせる。  祭日が明日に迫っおいたために、あたりはい぀もより以䞊に掻気があったのかもしれない。だれでも顔色がよく元気がよいようにわたしには思われた。猟の獲物の鳥獣や、家犜や、その他の珍味が、村々には景気よく出たわり、食品店、肉屋、果物屋には人が぀めかけおいた。女房たちは掻溌に動きたわり、家をきちんず敎理し、぀やのいい柊の枝の、真赀な実を぀けたのが窓にあらわれはじめた。この光景を芋お、わたしの心に浮んだのは、ある昔の䜜家がクリスマスの準備に぀いお曞いた文である。「いたや、雄鶏も、雌鶏も、䞃面鳥、鵞鳥、家鎚に加えお、牛や矊ずずもどもに、みな死なねばならぬ。十二日間は、倧ぜいの人が少しばかりの食物ではすたさないのだ。也し葡萄ず銙料、砂糖ず蜂蜜ずは、パむやスヌプずいっしょに䞊べられるのだ。音楜をかなでるずきは、今をおいおたたずない、老人が炉ばたに坐っおいるあいだに、若いものは螊っお歌っお、からだをあたためなければならないからだ。田舎の嚘がクリスマスの前の日にカルタを買うのを忘れおきたら、買物を半分忘れおきたようなもので、もう䞀床䜿いに行かねばならぬ。亭䞻が勝぀か、女房が勝぀かで、柊か、蔊か、いずれを食るかの倧争いがおこる。賜ころずトランプの遊びで執事は懐をこやす。そしお、気の利いた料理人なら料理の味を芋ながら腹をこやす」  わたしはこんなに豪華な想いに耜っおいたが、道連れの子䟛たちが叫んだので、その想いから呌びさたされた。この二、䞉マむルばかりのあいだ、圌らは銬車の窓から倖を芋おいたが、いよいよ家が近づいおきたので、どの暹朚も、どの蟲家も、みな圌らの芋芚えがあるものばかりだった。そしお今圌らは喜んで䞀斉に隒ぎたおた。「ゞョンがいる。それから、カヌロだ。バンタムもいるぞ」ず叫んで、この楜しそうな少幎たちは手をたたいた。  小みちの果おに、真面目くさった顔をした老僕が、制服を着お、少幎たちを埅っおいた。圌にしたがっおいるのは、老いがれたポむンタヌ犬ず、尊敬すべきバンタムだった。バンタムは錠のような小銬で、たおがみはがうがうずしお、尟は長くお赀茶色だった。その銬はおずなしく路傍に立っお居眠りをしおいたが、やがおさんざん駈けたわるずきが来ようずは倢にも思っおいなかった。  わたしが嬉しかったのは、子䟛たちが懐かしげに、このたじめな老僕のたわりを跳びはね、たた、犬を抱いおやったこずだ。犬は喜んで、からだ党䜓をゆりうごかした。しかし、なんずいっおもいちばんこの子䟛たちの興味をそそるのはバンタムだった。みんながいちどに乗りたがったので、ゞョンはやっずのこず、順ぐりに乗るように決め、たず、いちばん幎䞊の少幎が乗るこずになった。  ずうずう圌らは立ち去っお行った。䞀人が子銬に乗り、犬はその前を跳んだり吠えたりし、ほかの二人はゞョンの手をずっお行った。二人は同時にゞョンに話しかけ、家のこずをたずねたり、孊校の話をしたりしお、ゞョン䞀人ではどうにもならなかった。わたしは圌らのあずを芋送りながら、自分が嬉しいのか悲しいのかわからないような気がした。わたしが思い出したのは、わたしもあの少幎たちずおなじように苊劎や悲哀を知らず、祭日ずいえば幞犏の絶頂だったころのこずだった。わたしたちの銬車は、それから二、䞉分止たり、銬に氎をのたせた。そしお、たた道を぀づけたが、角を曲るず、田舎の地䞻の気持ちのよい邞宅が芋えた。わたしはちょうど、䞀人の貎婊人ず二人の少女のすがたを玄関に芋わけるこずができた。それから、わたしの小さな友人たちが、バンタムずカヌロずゞョン老人ずいっしょに銬車道を進んでゆくのが芋えた。わたしは銬車の窓から銖を出しお、圌らのたのしい再䌚の堎面を芋ようずしたが、朚立ちにさえぎられお芋えなくなっおしたった。  倕方、銬車は、わたしが䞀倜泊るこずに決めおいた村に着いた。宿屋の倧きな門を入っおゆくず、䞀方に、台所でさかんに燃えおいる火の光が窓から掩れおくるのが芋えた。わたしはその台所に入っおみお、い぀ものこずながら、むギリスの旅通の、あの䟿利さ、きちんずした綺麗さ、そしお、ゆったりずしお玠朎な楜しさを讃嘆したのである。この台所は広くお、たわりにはよく磚いた銅や錫の食噚がずらりず掛けおあり、ずころどころにクリスマスの垞緑暹が食っおあった。ハムや、牛の舌や、ベヌコンが倩井からぶらさがり、炉ばたでは、炙り䞲廻しがからからずたゆみなく鳎り、片隅に柱時蚈がこちこちいっおいた。磚きたおた束の長いテヌブルが台所の䞀方のはしにあり、牛の腿肉の冷たいのや、そのほかうたそうなご銳走が茉っおいお、泡を吹きだしおいるビヌルの倧コップが二぀、番兵をしおいるようなふうだった。䞊の旅客たちはこの山のようなご銳走を攻撃しようずかたえおいた。䞀方、ほかの人たちは、炉ばたで、高い背の぀いた二぀の暫の長怅子に腰かけお、ビヌルをのみながら、煙草をふかしたり、四方山話をしたりしおいた。身ぎれいな女䞭たちがせわしそうに埀ったり来たりしお、若い掻溌な女䞻人の指図にしたがっおいた。しかし、それでも、ちょっずした暇を芋おは、炉ばたの客たちず軜口をたたきあったり、ひやかし笑いをしたりしおいた。この光景は、プア・ロビンが真冬のなぐさみに぀いお考えたこずをそっくり実珟したようなものだった。 いたや朚々は葉の垜子を脱いで 銀髪の冬に敬意をはらっおいる。 きれいなおかみず、陜気な亭䞻ず、 ビヌル䞀びんず、トヌスト・パンず、 煙草ず、嚁勢のいい石炭の火ずは、 この季節になくおはならぬものだ原蚻。  わたしが旅通に぀いお間もなく、駅䌝銬車が玄関に乗り぀けた。䞀人の若い玳士がおりおきたが、ランプのあかりでちらっず芋えた顔は、芋芚えがあるような気がした。わたしが進みでお、近くから芋ようずしたずき、圌の芖線がわたしの芖線ずばったり䌚った。たちがいではなかった。フランク・ブレヌスブリッゞずいう、元気な、快掻な青幎で、わたしはか぀お圌ずいっしょにペヌロッパを旅行したこずがあった。わたしたちの再䌚はたこずにしみじみずしたものだった。昔の旅の䌎䟶の顔を芋れば、い぀でも、愉快な情景や、面癜い冒険や、すばらしい冗談などの尜きぬ思い出が湧きでおくるものだ。旅通での短いめぐりあいのあいだに、こういうこずをみな話しあうのは䞍可胜だった。わたしが急いでいるのでもなく、ただあちこち芋孊旅行をしおいるのだず知っお、圌はわたしに、是非䞀日二日さいお、自分の父の邞に泊っおゆくようにずすすめた。圌はちょうどその邞に䌑暇で行くずころだったし、そこたでは二、䞉マむルしかなかった。「それは、旅通なぞで、ひずりでクリスマスの食事をなさるよりはいいですよ」ず圌は蚀った。「それに、あなたがいらっしゃっお䞋されば、倧歓迎は受けあいです。ちょっずした叀颚な仕方で臎したしょう」圌の蚀うこずはもっずもだったし、わたしも、じ぀をいうず、䞖の䞭のひずびずがみんな祝いや楜しみの準備をしおいるのを芋お、ひずりでいるのが、いささか耐えられないような気がしおきおいたずころだった。そこで、わたしは盎ちに圌の招埅に応じた。銬車は戞口に着き、間もなくわたしはブレヌスブリッゞ家の邞ぞ向った。 原蚻 䞀六八四幎版「プア・ロビンの暊」。
幎老いた人をいたわりなさい。その銀髪は、 名誉ず尊敬を぀ねに集めおきたのです。 ――マヌロり䜜「タムバレヌン」  わたしは田舎に䜏んでいるころ、村の叀い教䌚によく行ったものだ。ほの暗い通路、厩れかかった石碑、黒ずんだ暫の矜目板、過ぎさった幎月の憂鬱をこめお、すべおが神々しく、厳粛な瞑想にふける堎所にに぀かわしい。田園の日曜日は浄らかに静かである。黙然ずしお静寂が自然の衚面にひろがり、日ごろは䌑むこずのない心も静められ、生れながらの宗教心が静かに心のなかに湧きあがっおくるのを芚える。 かぐわしい日、枅らかな、静かな、かがやかしい日、 倩ず地の婚瀌の日。  わたしは、信心深い人間であるずは蚀えない。しかし、田舎の教䌚にはいるず、自然の矎しい静寂のなかで、䜕かほかのずころでは経隓するこずのできない感情が迫っおくるのである。そしお、日曜日には、䞀週間のほかの日よりも、たずえ宗教的にはならないずしおも、善人になったような気がするのだ。  ずころが、この教䌚では、い぀でも珟䞖的な思いにおしかえされるような感じがしたが、それは、冷淡で尊倧なあわれな蛆虫どもがわたしのたわりにいたからだ。ただひずり、真のキリスト教信者らしい敬虔な信仰にひたすら身をたかせおいたのは、あわれなよがよがの老婆であった。圌女は寄る幎波ず病ずのために腰も曲がっおいたが、どこずなく赀貧に苊しんでいる人ずは思われない面圱を宿しおいた。䞊品な誇りがその物腰にただよっおいた。着おいるものは芋るからに粗末だったが、きれいでさっぱりしおいた。それに、わずかながら、ひずびずは圌女に尊敬をはらっおいた。圌女は貧しい村人たちずいっしょに垭をずらず、ひずり祭壇のきざはしに坐っおいたのである。圌女はすでに愛する人ずも、友だちずも死に別れ、村人たちにも先立たれ、今はただ倩囜ぞゆく望みしか残されおいないようにみえた。圌女は匱々しく立ちあがり、幎ずった䜓をこごめお祈りを捧げ、絶えず祈祷曞を読んでいたが、その手はしびれ、県はおずろえお、読むこずはできず、あきらかに誊んじおいるのだった。それを芋るず、わたしは、その老婆の口ごもる声は、僧の唱和や、オルガンの音や、合唱隊の歌声よりもずっずさきに倩にずどくのだず匷く思わざるを埗なかった。  わたしは奜んで田舎の教䌚のあたりをあちこち歩いたものだが、この教䌚はたいぞん気もちのよい堎所にあるので、わたしはよくそこにひき぀けられおいったものだ。それは䞘の䞊にあり、その䞘をめぐっお小川が矎しく圎曲し、そしおくねくねずうねりながら、ひろびろずした柔かい牧堎を流れおゆく。教䌚の呚囲には氎束の朚が茂っおいるが、その朚は教䌚ずおなじくらい幎数をぞおいるようだった。教䌚の高いゎシック匏の尖塔はこの朚のうえにすっくりず聳えたち、い぀も深山烏や烏がそのあたりを舞っおいた。ある静かなうららかな朝、わたしはそこに腰をおろしお、人倫が二人で墓を掘っおいるのを芋おいた。圌らが遞んだのは、墓地のいちばんはずれの、手入れのずどかぬ片隅で、たわりに無名の墓がたくさんあるずころを芋るず、貧乏で友人知己もない人たちがみんないっしょに埋葬される堎所らしかった。きくず、新しい墓は、ある貧しい寡婊の䞀人息子のためのものだずいうこずだった。この䞖の地䜍階玚の別がこんな墓のなかにたでおよぶのかず考えおいるうちに、鐘が鳎っお、匔いの近づいたこずを知らせた。それは貧しい人の葬匏で、およそ食りらしいものはなかった。ごく粗末な材料で぀くった棺が、棺掛けもかぶせずに、数人の村人にか぀がれおきた。教䌚の䞋圹僧が先に立っお、ひややかな無頓着な顔぀きをしお歩いおいた。芋せかけはいかにも悲しそうによそおう泣き男はひずりもおらず、そのかわりに、ほんずうに哀しみ悌む人がひずり、力匱く遺骞のあずをよろめきながら぀いおきた。それは故人の老母だった。祭壇のきざはしに腰かけるのをわたしが芋たあのいたたしい老婊人だった。圌女は䞀人の貧しい友にささえられおいたが、その人は䞀生懞呜圌女をなぐさめおいた。近所の貧しい人たちが、二、䞉人葬列に加わっおいた。村の子䟛たちがいくたりか手を぀ないで駈けたわり、分別もなく歓声をあげたり、子䟛らしい奜奇心から、この喪䞻の悲しみに目を芋はったりしおいた。  葬列が墓に近づくず牧垫が教䌚の玄関から出おきた。癜い法衣を着け、祈祷曞を片手にもち、䞀人の僧を぀れおいた。しかし、葬儀はほんの慈善行為にすぎなかった。故人は窮乏の極にあったし、遺族は䞀文なしだった。だから、葬匏はずにかくすたしたずはいうものの、圢だけのこずで、冷淡で、感情はこもっおいなかった。よくふずったその牧垫は教䌚の入口から数歩しか出おこず、声は墓のあるずころではほずんど聞えなかった。匔いずいう、あの荘厳で感動的な儀匏が、このような冷たい蚀葉だけの芝居になっおしたったのを、わたしは聞いたこずがなかった。  わたしは墓に近づいた。柩は地面においおあった。その䞊に死んだ人の名ず幎霢ずがしるしおあった。「ゞョヌゞ・サマヌズ、行幎二十六歳」憐れな母は人手にすがりながら、その頭のほうに跪いた。そのやせこけた䞡手を握りあわせお、あたかも祈りを捧げおいるようだった。だが、そのからだはかすかにゆれ、唇はひき぀るようにぎくぎく動いおいるので、圌女が息子の遺骞を芋るのもこれが最埌ず、芪心の切ない思いにむせんでいるのがわかった。  棺を地におろす準備がずずのった。このずき愛ず悲しみにみちた心を無惚にも傷぀ける、あの隒ぎがはじたった。あれこれず指図する冷たい事務的な声。砂ず砂利ずにあたるシャベルの音。そういうものは、愛する人の墓で聞くず、あらゆるひびきのなかでいちばんひどく人の心をいため぀けるものだ。呚囲のざわめきが、いたいたしい幻想に沈んでいた母芪を目ざめさせたようだった。圌女は泣きはらしおかすんだ県をあげお、狂おしげにあたりを芋たわした。ひずびずが綱をもっお近づき、棺を墓におろそうずするず、圌女は手をしがりながら、悲しみのあたり、わっず泣きだした。぀きそいの貧しい婊人が腕をずっお、地べたから老婆をおこそうず努め、なにか囁いおなぐさめようずした。「さあ、さあ。もうおやめなさいたし。そんなにおなげきなさらないで」老婆はただ頭をふっお、手をにぎりしめるばかりで、決しおなぐさめられるこずのない人のようだった。  遺骞が地におろされるずきの綱がきしきし鳎る音は、圌女を苊しめたようだった。しかし、なにかのはずみで棺が邪魔物に突きあたったずき、老母の愛情はいちどにほずばしり出た。その様子は、あたかも息子がもはやこの䞖の苊悩から遠くずどかぬずころにいるのに、ただどんな灜いがおこるかもしれないず思っおいるようだった。  わたしはもう芋おいられなくなった。胞がいっぱいになっお、県には涙があふれた。かたわらに立っお安閑ず母の苊しむさたを芋おいるのは、ひどく心ない仕打ちなのではないかず思った。わたしは墓地のほかのほうに歩いおゆき、䌚葬者が散るたでそこにずどたっおいた。  老母がおもむろに苊しげに墓を立ち去り、この䞖で自分にずっお愛しいすべおのものであった人の遺骞をあずにしお、語る盞手もない貧しい生掻に垰っおゆくのを芋るず、わたしの心は圌女のこずを思っお痛んだ。裕犏な人たちが苊しんだからずいっおそんなものはなんでもないではないか、ずわたしは考えた。圌らにはなぐさめおくれる友だちがある。気をたぎらしおくれるたのしみがある。悲しみを逞らし散らしおくれるものがいくらでもある。若い人たちの悲しみはどうだろう。その粟神がどんどん成長しお、すぐに傷口をずじおしたう。心には匟力があっお、たちたち圧迫の䞋からずびあがる。愛情は若くしなやかで、すぐに新しい盞手にたき぀いおしたう。だが、貧しい人たちの悲しみ。この人たちには、ほかに心をなだめおくれるものはない。幎老いた人たちの悲しみ。この人たちの生掻はどんなによくおも冬の日にすぎず、もはや喜びがかえり咲きするのを埅぀こずもできない。寡婊のかなしみ。幎老い、孀独で、貧乏にあえぎ、老いし日の最埌に残された慰めである䞀人息子の死を悌んでいる。こういう悲しみをこそ、わたしたちはなぐさめるすべのないこずをしみじみず感ずるものだ。  しばらくしおわたしは墓地を去った。家ぞむかう途䞭で、わたしは、あの、なぐさめ圹になった婊人に䌚った。圌女は老母をひずり䜏いの家に送った垰りだった。わたしはさきほど芋たいたわしい光景にた぀わる委现を圌女から聞きだすこずができた。  故人の䞡芪は子䟛のころからこの村に䜏んでいた。圌らはごくさっぱりした田舎家に暮らし、いろいろず野良仕事をしたり、たたちょっずした菜園もあったりしお、暮らし向きは安楜で、䞍平をこがすこずもない幞犏な生掻を送っおいた。圌らには䞀人の息子があり、成長するず、老いた䞡芪の柱になり、自慢の皮になった。「ほんずに」ずその婊人は蚀った。「あの息子さんは、矎男子で、気だおはやさしくっお、だれでもたわりの人には芪切で、芪埡さんには孝行でした。あの息子さんに、日曜日に出あったりするず、心がすっきりしたものですよ。いちばんいい服を着お、背が高く、すらっずしおいお、ほがらかで。幎ずったお母さんの手をずっお教䌚ぞ来たものです。お母さんずきたら、い぀でもあのゞョヌゞさんの腕にもたれるほうが、埡自分の旊那さんの腕にもたれるのより奜きだったんですからね。おかわいそうに。あのかたが息子さんを自慢なさるのも圓り前のこずでしたよ。このあたりにあんな立掟な若者はいたせんでしたもの」  䞍幞なこずに、ある幎、飢饉で蟲家が困窮したずき、その息子は人に誘われお、近くの河をかよっおいる小船で働くようになった。この仕事をしはじめおただ間もないころ、圌は軍隊に城集されお氎兵にされおしたった。䞡芪は圌が捕虜になったしらせを受けたが、それ以䞊のこずはなにもわからなかった。圌らの倧切な支柱がなくなっおしたったのだ。父芪はもずもず病気だったが、気をおずしお滅入りこんでしたい、やがお䞖を去った。母芪は、ただひずり老境に残されお力もなく、もはや自分で暮しを立おるこずもできず、村の厄介をうけるこずになった。しかし、今もなお、村じゅうのひずびずは圌女に同情をもっおおり、叀くから村に䜏んでいる人ずしお尊敬もしおいるのだった。圌女がいくたの幞犏な日々をすごした田舎家にはだれも䜏みこもうずしないので、圌女はその家にいるこずを蚱され、そこでひずりさびしく、ほずんど助ける人もなく暮しおいたのだ。食べものもわずかしか芁らなかったが、それはほずんど圌女の小さな菜園の乏しいみのりでたかなわれた。その菜園は近所の人たちがずきどき圌女のために耕しおやるのだった。こういう事情をわたしが聞いたずきよりほんの二、䞉日前、圌女が食事のために野菜を぀んでいるず、菜園に面した家のドアがふいに開く音がきこえた。芋知らぬ人が出おきお、倢䞭になっおあたりを芋たわしおいる様子だった。この男は氎兵の服を着お、やせおずろえお、ぞっずするほど血の気がなく、病いず苊劎ずのためにすっかり匱っおいるようだった。圌は圌女を芋぀け、そしお、急いで圌女のほうぞやっおきた。しかし、圌の足どりは匱々しくふらふらしおいた。圌は圌女の前にしゃがみこんでしたい、子䟛のようにむせび泣いた。憐れな女は圌を芋おろしたが、その県はう぀ろで、芋定たらなかった。「ああ、お母さん、お母さん。埡自分の息子がおわかりにならないんですか。かわいそうな息子のゞョヌゞが」ほんずうにそれはか぀お気高かった若者の敗残の姿だった。負傷をうけ、病におかされ、敵地に俘虜ずなっおさいなたれ、最埌に、やせた脚を匕きずっお家路をたどり、幌幎時代の堎所に憩いをもずめお垰っおきたのだ。  わたしは、このような悲しみず喜びずがすっかり混りあっおしたっためぐりあいを事こたかには曞くたい。ずにかく息子は生きおいた。家に垰っおきた。圌はただただ生きお、母の老埌をなぐさめ倧事にしおくれるかも知れない。しかし、圌は粟根぀きはおおいた。もしも圌の悲運が、決定的なものではなかったずしおも、その生れた家のわびしいありさたが、十分それを決定的なものにしただろう。圌は倫を倱なった母が眠れぬ倜をすごした藁ぶずんに暪たわったが、ふたたび起きあがるこずはできなかった。  村人たちはゞョヌゞ・サマヌズが垰ったず聞くず、こぞっお圌に䌚いにやっおきお、自分たちのずがしい力の蚱すかぎりのなぐさめず助力ずをあたえようず申し出た。しかし、圌は匱りきっおいお口もきけず、ただ県で感謝の気持ちをあらわすだけだった。母芪は片時もはなれずに付きそっおいた。圌はほかの人にはだれにも看護しおもらいたくないように芋えた。  病気になるず、おずなの誇りはうちこわされ、心はやさしくなり、幌時の感情にもどるものである。病気や萜胆でや぀れ苊しんだこずのある人や、異囜でひずりかえりみおくれる人もなく病床に呻吟したこずのある人ならば、高霢になっおからでも、母を思いおこさぬものはあるたい。 「子䟛のころ䞖話を芋おくれた」母、枕のしわをのばしおくれ、困っおいるずきにはい぀も助けおくれた母のこずを考えぬものはあるたい。ああ、母の子に察する愛には氞久に倉らぬやさしさがあり、ほかのどんな愛情よりもすぐれおいるのだ。その愛は利己心で冷たくなるようなものではない。危険にめげるものではない。その子が぀たらぬものになったからずいっお匱められるものでもなく、子が恩を忘れおも消えるものではない。圌女はあらゆる安楜を犠牲にしお子の為をはかるのだ。すべおのたのしみを圌の喜びのために捧げるのだ。圌女は子が名声を埗れば光栄ず感じ、子が栄えれば歓喜するのだ。そしお、もし䞍幞が圌をおそえば、その䞍幞のゆえにこそ圌をなおさら愛おしく思い、たずえ䞍名誉が子の名を汚しおも、その䞍名誉にもかかわらずなお圌を愛し、い぀くしむのだ。たたもし䞖界じゅうの人が圌を芋すおたならば、圌女は圌のために䞖界じゅうの人になっおやるのだ。  あわれなゞョヌゞ・サマヌズは、病気になっお、しかもだれもなぐさめおくれる人がないこずがどんなものか知っおいた。ひずりで牢獄にいお、しかもだれも蚪れる人がないこずがどんなものか身をもっお味わったのだ。圌は䞀時も母が自分の目の届かぬずころに行くのには耐えられなかった。母が立ち去るず、圌の県はそのあずを远っおいった。圌女は䜕時間も圌のベッドのかたわらに坐っお、圌が眠っおいるすがたを芋たもっおいたものだ。ずきたた圌は熱っぜい倢におどろいお県をさたし、気づかわしげに芋あげたが、母が䞊にかがみこんでいるのを芋るず、その手をずっお、自分の胞の䞊におき、子䟛のように安らかに眠りにおちるのだった。こんなふうにしお、圌は死んだのだ。  このみじめな䞍幞の話をきいお、わたしが最初にしたいず思ったこずは、老婆の家を蚪問しお経枈的な揎助をしたい、そしおできれば慰めお䞊げたいずいうこずだった。しかし、たずねお芋おわかったこずだが、村人たちは芪切心が厚く、いちはやく事情の蚱すかぎりのこずはしおやっおいた。それに、貧しい人たちはお互いの悲しみをいたわるにはどうしたらよいか、いちばんよく知っおいるのだから、わたしはあえお邪魔するこずはやめた。  その次の日曜日にわたしがその村の教䌚にゆくず、驚いたこずに、あの憐れな老婆がよろよろず歩廊を歩いおいっお、祭壇のきざはしのい぀もの垭に぀いた。  圌女はなんずかしお自分の息子のために喪服ずはゆかぬたでも、それらしいものを身に着けようずしたのだった。この信心深い愛情ず䞀文なしの貧困ずのたたかいほど胞をう぀ものはあるたい。黒いリボンか、䜕かそれに䌌たもの、色あせた黒のハンカチ、それず、もう䞀぀二぀貧しいながらもそういうこころみをし、そずにあらわれた印で、蚀うに蚀われぬ悲しみを語ろうずしおいた。たわりを芋たわすずわたしの目に入るものは、死者の功瞟をしるした蚘念碑があり、堂々ずした王暙があり、冷たく荘厳な倧理石の墓があり、こういうもので暩勢のある人たちが、生前は䞖の誇りずなったようなひずびずの死を壮倧に悌んでいるのだ。ずころが目をう぀すず、この貧しい寡婊が、老霢ず悲しみに腰をかがめお神の祭壇のずころで、悲嘆にうちくだかれた心の底から、なお信仰あ぀く、祈りず、神を讃えるこずばを捧げおいる。その姿を芋るず、わたしは、この真の悲しみの生きた蚘念碑は、こういう壮倧なもののすべおにも䟡するず思った。  わたしが圌女の物語を、䌚衆のなかの裕犏な人たち数人に話したずころ、圌らはそれに感動した。圌らは懞呜になっお圌女の境遇をもっず楜にしおやろうずし、苊しみを軜くしようず努めた。しかし、それもただ墓ぞゆく最埌の二、䞉歩をなだらかにしたにすぎなかった。䞀、二週間のちの日曜日には、圌女は教䌚の䟋の垭に姿を芋せなかった。そしお、わたしはその近圚を立ち去る前に、圌女が静かに最埌の息をひきずったずいうこずをきいお、これでよいのだず感じた。圌女はあの䞖に行っお自分が愛しおいた人たちずたたいっしょになったのだ。そしお、そこでは、決しお悲しみを味わうこずがなく、友だち同士は決しお別れるこずがないのだ。
 だが、あのな぀かしい、思い出ふかいクリスマスのお爺さんはもう逝っおしたったのだろうか。あずに残っおいるのは、あの幎ずった頭の癜髪ず顎ひげだけなのか。それでは、それをもらおう。そのほかにクリスマスのお爺さんのものはないのだから。 ――クリスマスを远う声 あのころのクリスマスには、 どこの家でも芋たものだ。 寒さを払う火もあたたかく、 肉のご銳走が山ほどあった、偉い人にも賀しい人にも。 近所の人はみな招ばれ、 心からのもおなしだ。 貧しい人でも門前ばらいは食わなんだ。 それは、この叀垜子が真新しかったころのこず。 ――叀謡  むギリスで、わたしの心をもっずも楜しく魅惑するのは、昔から䌝わっおいる祭日のならわしず田舎の遊びごずである。そういうものを芋お、わたしが思いおこすのは、ただ若かったころに、わたしの空想がえがいた数々の絵である。あのころ、わたしは䞖界ずいうものを曞物を通しおしか知らなかったし、䞖界は詩人たちがえがいた通りのものだず信じこんでいた。そしおさらに、その絵ずいっしょに、玔朎だった昔の日々の銙りがもどっおくる。そしお、やはりおなじ間違いかもしれないが、そのころ䞖間のひずびずは今よりずっず玠朎で、芪しみぶかく、そしお嬉々ずしおいたように思う。残念なこずに、そういうものは日毎にかすかになっおくるのである。時がた぀にしたがっお次第に擊りぞらされるだけでなく、新しい流行に消し去られおしたうのだ。この囜の各地にあるゎシック建築の矎しい遺物が、時代の荒廃にたかされお厩壊したり、あるいは、埌の䞖に手が加えられたり改築されたりしお、もずのすがたを倱っおゆくのにも䌌おいるのである。しかし、詩は田園の遊戯や祭日の宎楜から倚くの䞻題を埗たのだが、今でもそれをな぀かしみ、纏綿ずしおはなれない。それは、あたかも、蔊が叀いゎシックの門や厩れかかった塔に、ゆたかな葉をたき぀けお、自分を支えおくれた恩にこたえ、ゆらゆらする廃墟を抱きしめ、いわば、その若い緑でい぀たでも銙り高いものにしおおこうずするのずおなじようである。  しかし、さたざたの叀い祭のなかでも、クリスマスの祝いは、最も匷いしみじみした連想を目ざめさせる。それには、おごそかで枅らかな感情がこもっおおり、それがわたしたちの陜気な気分に溶けあい、心は神聖で高尚な悊楜の境地に高められる。クリスマスのころの教䌚の瀌拝は、たいぞん優矎で感動的である。キリスト教の起源の矎しい物語や、キリスト生誕のずきの田園の光景がじゅんじゅんず説かれる。そしお、降臚節のあいだに、その瀌拝には次第に熱意ず哀感が加わり、぀いに、あの、人類に平和ず善意ずがもたらされたクリスマスの朝に、歓喜の声ずなっお噎出するのである。教䌚で、聖歌隊の党員が鳎りひびくオルガンに合わせお、クリスマスの聖歌を歌い、その勝ち誇った調和音が倧䌜藍の隅々たで満たしおしたうのを聞くずきほど、音楜が荘厳に人の道埳的感情に迫っおくるのを知らない。  叀い昔からの矎しいしきたりによっお、この、愛ず平和の宗教の宣垃を蚘念する祭りの日々には、䞀族は盞぀どい、たた、肉芪のものでも、䞖の䞭の苊劎や、喜びや、悲しみで、い぀も匕きはなされがちなひずびずがたたひきよせられるのだ。そしお、子䟛たちは、すでに䞖間に旅立っお、遠くはなればなれにさたよっおいおも、もう䞀床䞡芪の家の炉ばたに呌びかえされお、その愛の぀どいの堎所に団欒し、幌幎時代のな぀かしい思い出のなかで、ふたたび若がえり、い぀くしみあうのである。  季節そのものも、クリスマスの祝いに魅力をそえる。ほかの季節には、わたしたちはほずんど倧郚分の愉しみを自然の矎しさから埗るのである。わたしたちの心は戞倖に飛びだし、陜ざしの暖かい自然のなかで気を晎らすのだ。わたしたちは「野倖のいたるずころに生きる」のである。鳥の歌、小川のささやき、息吹いおいる春の銙り、やわらかい倏の官胜、黄金色の秋の盛芳、さわやかな緑の衣を぀けた倧地、爜快な玺碧の倧空、そしおたた豪華な雲が矀がる空。すべおがわたしたちの心を、沈黙のたた、なんずもいえぬ歓喜で満たし、わたしたちは、尜きぬ感芚の逞楜にひたるのだ。しかし、冬が深くなり、自然があらゆる魅力をうばわれお、䞀面に雪の経垷子に぀぀たれるず、わたしたちは心の満足を粟神的な源にもずめるようになる。自然の颚光は荒れおさびしく、日は短く陰気で、倜は暗柹ずしお、わたしたちの戞倖の散策は拘束され、感情もたた倖にさたよい出お行かずに、内にずじこめられ、わたしたちは互いの亀歓に愉しみを芋぀けようずする。わたしたちの思玢は、ほかの季節よりも集䞭し、友情も湧きでおくる。わたしたちは、ひずず睊じくするこずの魅力をしみじみず感じ、互いに喜びをわけあうようになり、芪しく寄りあうのだ。心は心を呌び、わたしたちは、胞の奥の静かなずころにある深い愛の泉から喜びを汲みずるのだが、この泉は求められれば、家庭の幞犏の玔粋な氎を䞎えおくれるのである。  倜は戞倖が真暗で陰鬱なので、炉の火があたたかく茝いおいる郚屋にはいるず、心はのびのびずふくらむのだ。赀い焔は人工の倏ず倪陜の光ずを郚屋じゅうに満ちわたらせ、どの顔も明るく歓埅の色に茝く。人をもおなす誠実な顔が、やさしい埮笑みにほころびるのは、冬の炉がいちばんである。はにかみながらそっず盞手を芋る恋の県ざしが、いろいろなこずを甘く物語るようになるのも、冬の炉ばたにたさるずころはない。冬のからっ颚が玄関を吹きぬけ、遠くのドアをばたばたさせ、窓のあたりにひゅうひゅう鳎り、煙突から吹きおりおくるずき、奥たった心地よい郚屋で、䞀家の和楜するさたを、萜ち぀いお安心した心持ちで芋るこずができるほどありがたいこずはないだろう。  むギリスでは元来瀟䌚のどの階局にも田園の颚習が匷くしみわたっおいるので、ひずびずは昔からい぀も、祝祭や䌑日で田園生掻の単調さが途切れるのを喜んだ。そしお、クリスマスの宗教䞊の儀匏や瀟䌚の慣䟋を特によく守ったのである。以前クリスマスを祝ったずきには、ひずびずは叀颚で滑皜なこずをしたり、道化た行列をもよおしたりしお、歓楜にわれを忘れ、おたがいに党く友だちになりあったのだが、そういうこずに぀いお叀物研究家が曞いおいる詳现は、無味也燥なものでも、読んでたいぞん面癜いものだ。クリスマスにはどの家も戞を開攟し、人はみな胞襟をひらいたようである。癟姓も貎族もいっしょになり、あらゆる階玚の人がひず぀の、あたたかい寛倧な、喜びず芪切の流れにずけあう。城や荘園邞の倧広間には、竪琎が鳎り、クリスマスの歌声がひびき、広い食卓にはもおなしのご銳走が山のように盛りあげられ、その重さに食卓は唞り声をたおるほどだった。ひどく貧乏な癟姓家でも、緑色の月桂暹や柊を食りたおお、祝日を迎えた。炉は陜気に燃えお、栌子のあいだから光がちらちらし、通りがかりの人はだれでも招かれお、かけがねをあけ、炉のたわりに集っお䞖間話をしおいる人の矀に加わり、叀くからの滑皜な話や、なんどもくりかえされたクリスマスの物語に興じお、冬の倜ながをすごしたのである。  珟代の掗緎された颚習がもたらした最も快からぬこずは、心のこもった昔ながらの䌑日のならわしをうちこわしおしたったこずだ。この珟代の進歩のために、このような生掻の装食物の鮮明な鑿のあずはなくなり、その掻気のある浮圫は取り去られおしたった。䞖の䞭はむかしよりいっそう滑らかになり磚きあげられたが、その衚面はあきらかにこれずいう特城のないものになった。クリスマスの遊戯や儀匏の倚くは党く消滅しおしたい、フォヌルスタフ老人のスペむン産癜葡萄酒のように、いたずらに蚻釈者の研究や論争の材料になっおしたった。これらの遊戯や儀匏が栄えた時代は、元気ず掻力が汪溢しおいお、ひずびずの人生のたのしみ方は粗野だったが、心のそこから元気いっぱいにやったのだ。そのころは野性的な絵のように矎しい時代で、詩には豊富な玠材をあたえ、戯曲にはいくたの魅力的な人物や颚俗を䟛したのだ。䞖間は以前よりいっそう䞖俗的になった。気晎らしは倚くなったが、喜びは枛った。快楜の流れの幅は広くなったが、深さは浅くなり、か぀おは萜ち぀いた家庭生掻の奥深いずころに和やかに流れおいたのに、そういう深い静かな氎路はなくなっおしたった。瀟䌚は開化し優雅になったが、きわだった地方的な特性も、家族的な感情も、玔朎な炉蟺の喜びも、倧半は倱った。心の倧きい昔の人の䌝統的な慣習や、封建時代の歓埅ぶりや、王䟯然ずした饗宎は滅びさり、それが行われた貎族の城や豪壮な荘園邞もそれず運呜をずもにした。そのような饗宎は、ほの暗い広間や、倧きな暫の朚の廻廊や、綎織を食った客間にはふさわしいが、珟代の別荘の明るい芋栄えのよい広間や、掟手な客宀には向いおいないのである。  しかし、このように昔の祭瀌の面目がなくなったずはいっおも、むギリスではクリスマスは今もなお楜しく心がおどるずきである。あらゆるむギリス人の胞のなかに、家庭的感情が湧きおこっお、匷い力をも぀のは、芋るからに嬉しいこずである。芪睊の食卓のための䞇端の準備がされお、友人や芪戚がふたたび結びあわされる。ご銳走の莈物はさかんに埀き来しお、尊敬の意のしるしずもなり、友情を深めるものずもなる。垞緑暹は家にも教䌚にも食られお、平和ず喜びの象城ずなる。こういうこずすべおのおかげで、睊たじい亀わりが結ばれ、慈悲ぶかい同情心が燃えたたされるのである。倜曎けに歌をうたっお歩く人たちの声は、たずえ䞊手ではないずしおも、冬の真倜䞭に湧きおこっお、無䞊の調和をかもしだすのだ。「深い眠りがひずびずの䞊に萜ちる」静かな厳粛な時刻に、わたしは圌らの歌声に起されお、心に喜びをひめお聞きいり、これは、ふたたび倩䜿の歌声が地に降りおきお、平和ず善意ずを人類に告げしらせるのだずさえ思った。想像力は、このような道埳的な力に働きかけられるず、じ぀に芋ごずに、すべおのものを旋埋ず矎ずに倉えるものだ。雄鶏の鬚の声が、深く寝しずたった村に、ずきおり聞えお、「矜のはえた奥方たちに倜半をしらせる」のだが、ひずびずは聖なる祭日の近づいたこずを告げおいるのだず思うのである。 「誰かさんの蚀うのには、  救い䞻のお生たれを祝う頃ずもなりたすず、  日の出を告げるこの鶏は倜通し歌っおいるずやら。  すだたも畏れお、迷い出ず、  安らかな倜に、星も魅入らず、  いたずら劖粟おずなしく、魔女は通力倱っお、  いず枅らかで、祝犏に満ちたずきだず蚀いたする」  呚囲のひずびずがみな幞犏に呌びかけ、いそいそずしお、おたがいに愛しあっおいるなかで、心を動かされないものがありえようか。クリスマスはたさに感情が若がえるずきであり、芪睊の火を郚屋のなかで燃えたたせるだけでなく、芪切な慈悲の火を心のなかにかきたおるずきでもある。  若いころの愛の光景がふたたび新鮮になっお、老幎の䞍毛な荒野によみがえるのだ。そしお、家を思う心は、家庭の喜びの芳銙に満ちお、うなだれた気力に生呜を吹きこむ。それはあたかも、アラビダの沙挠に吹くそよ颚が、遠くの野原の新鮮な空気を吹きおくっお、疲れた巡瀌のもずにもたらすのに䌌おいる。  わたしは異囜の人ずしおむギリスに滞圚しおおり、友だちづきあいの炉がわたしのために燃えるこずもなく、歓埅の扉も開かれず、たた、友情のあたたかい握手が玄関でわたしを迎えおもくれない。だがそれでもわたしは、呚囲のひずびずの愉しい顔から、クリスマスの感化力が茝きでお、わたしの心に光を泚いでくれるような気がするのだ。たしかに幞犏は反射しあうもので、あたかも倩の光のようだ。どの顔も埮笑に茝き、無垢な喜びに照り映えお、鏡のように、氞久に茝く至高な仁愛の光をほかの人に反射する。仲間の人たちの幞犏を考えようずもせず、呚囲が喜びにひたっおいるのに、孀独のなかに暗くじっず坐りこみ、愚痎をこがしおいる卑劣な人も、あるいははげしく感激し、自己本䜍な満足を感じる瞬間があるかもしれない。しかし、こういう人は、愉しいクリスマスの魅力であるあのあたたかい同情のこもった、ひずずの亀わりはできないのである。
聖フランシス様、聖ベネディクト様。 この家を悪しきものからお守り䞋さい。 悪い倢や、ロビンずいう名の人のいいお化けから すべおの悪霊、 劖粟、錬、錠、癜錬からお守り䞋さい。 晩鐘の時から、 暁の勀行たで。 ――カヌトラむト  皎々ず月のさえた倜だったが、寒さははげしかった。わたしたちの駅䌝銬車は、凍お぀いた倧地を矢のように走った。銭者はたえず鞭を打ちならし、銬はしばらく疟駆した。「銭者は自分の行くずころをよく知っおいるんです」ずわたしの友は蚀っお、笑った。「それで、䞀生懞呜になっお、召䜿郚屋の催しずご銳走に間にあうように着こうずしおいるんですよ。じ぀を申したすず、父は、叀颚な凝り屋で、昔のむギリス流の客のもおなしぶりを今もやっおは埗意になっおいるんです。父は昔気質のむギリスの田舎玳士の暙本ずしおは盞圓なものですが、このごろでは、玔粋にそうしおいる人はほずんど芋うけられなくなっおしたいたした。財産のある人は倧郚分ロンドンで暮らしたすし、流行はどしどし田舎に流れこんできたすので、むかしの田園生掻の、匷い、ゆたかな特色はほずんどぬぐいさられおしたいたした。ずころが、わたしの父は、若いころから、実盎なピヌチャム原蚻を手本ず仰いで、チェスタヌフィヌルドには県もくれなかったんです。田舎の玳士が父祖䌝来の土地に䜏むこず以䞊に、真に立掟で矚むべきこずはないず父は心に決め、幎じゅう自分の領地で暮らしおいたす。そしお、むかしの田舎の遊びごずや、祝日の催しごずなどを埩掻させるこずを熱心に唱えおいたすし、そのこずに぀いお曞いおある著曞には、昔のものであろうず、珟代のものであろうず、深く粟通しおいるんです。じっさい、父が奜んで読むのは、少くずも二䞖玀も前に盛んだった著述家のもので、父に蚀わせたすず、この人たちがほんずうのむギリス人に䌌぀かわしいこずを曞いたり考えたりしたので、埌の䞖の著述家の及ぶずころではないずいうこずです。父は、ずきには残念がっお、もう二、䞉䞖玀前に生たれればよかったなどずさえ蚀いたす。そのころにはむギリスがただむギリスらしくお、独特の颚俗習慣があったずいうわけです。父が䜏んでいるずころは、本街道からちょっず離れお、さびしいずころですし、近くには肩をならべる名門もありたせんので、むギリス人にずっおもっずも矚むべき祝犏を䞎えられおいたす。぀たり、自分の気質にあったこずを勝手にやっお、だれにも劚げられないのです。近隣でいちばん叀い家門を代衚する人でもあり、たた、蟲倫たちはほずんどみな父の小䜜人になっおいたすので、父はたいぞん厇められおいお、みんな父のこずをただ『地䞻様』ず呌んでいたす。この家の家長は、倧むかしから、この称号で呌ばれおいたんです。うちの父に぀いおこんなこずを申し䞊げおおくのは、ちょっず颚倉りなずころがありたすので、あらかじめ心構えをしおいおいただきたいからです。そうでないず、ずんだ荒唐無皜に芋えるかもしれたせんので」  しばらくのあいだ銬車は庭園の塀に沿っおゆき、぀いに門のずころで止たった。この門は、重々しい、壮倧な、叀颚なもので、鉄の柵でできおいお、その䞊のほうは面癜い唐草や花の圢になっおいた。門を支えおいる倧きな四角の柱の䞊には家の王章が぀けおあった。すぐそばに門番の小屋が、黒々ずした暅の朚かげにおおわれ、灌朚のしげみにほずんど埋たっおいた。  銭者が門番の倧きな鐘を鳎らすず、その音は凍った静かな空気に鳎りひびき、遠くのほうで犬の吠える声がこれに答えた。邞は犬が守っおいるらしかった。幎ずった女がすぐに門口に出おきた。月の光が明るく圌女を照らしだしおいたので、わたしは、小柄で玔朎な女の姿をよく芋るこずができた。着おいるものはたいぞん叀颚な趣味で、きれいな頭巟ず胞圓おを぀けおおり、銀色のかみの毛が、雪のように癜い垜子の䞋にのぞいおいた。圌女は若䞻人が垰っおきたのを芋お、お蟞儀をしながら、喜びを蚀葉にも玠振りにもあらわしお出おきた。圌女の倫は邞の召䜿郚屋にいお、クリスマス・むヌノを祝っおいるらしかった。圌は家じゅうでいちばん歌が䞊手だし、物語をするのもうたかったので、なくおはならない人だったのだ。  友人の提案で、わたしたちは銬車を降り、庭園のなかを歩いお、さほど遠くない邞たで行き、銬車にはあずから぀いおこさせるこずにした。道は、すばらしい䞊朚のあいだを曲りくねっお行った。その䞊朚の裞になった枝のあいだに、月が光りながら、䞀点の雲もない深い倧空を動いおいた。圌方の芝生には雪がかるく䞀面におおっおいお、ずころどころきらきら光るのは、月の光が凍った氎晶を照らすからだ。そしお遠くには、うすい、すきずおるような靄が䜎地から忍びやかに舞いあがり、次第にあたりを包みかくしおしたいそうな気配だった。  わたしの友は恍惚ずしおあたりを芋たわした。「ほんずうに䜕床」ず圌は蚀った。「わたしは孊校の䌑暇で垰るずき、この䞊朚路を駈けおいったか知れたせん。子䟛のころ、この朚の䞋でよく遊んだものです。わたしはこの朚々を芋るず、幌いころに自分をかわいがっおくれた人に察するような尊敬の念さえおこっおくるのです。父はい぀でもわたしたちにやかたしく蚀っお、祭日はちゃんず祝わせ、家の祝いの日には、わたしたちをたわりに呌びあ぀めたものでした。父はわたしたちの遊戯を指図し監督もしたしたが、その厳栌さずいったら、ほかの芪たちが子䟛の勉匷を芋るずきのようなものでした。たいぞん几垳面で、わたしたちが昔のむギリスの遊戯をその本来の圢匏通りにやらなければならないず蚀っお、叀い曞物を調べお、どのような『遊びごず』にも先䟋や兞拠をもずめたものです。ですが、孊者ぶるずいっおも、これほど愉快なものはありたせん。あの善良な老玳士の政策は、子䟛たちに、家が䞖界じゅうでもっずも楜しいずころだず思わせるようにしたこずです。そしお、じっさい、わたしはこの快い家庭的な感情こそ芪があたえうる莈り物のうちでいちばん立掟なものだず思っおいるんです」  わたしたちの話は、犬の䞀隊の隒ぎ声でさえぎられた。いろいろな皮類や倧きさの犬がいた。「雑皮、小犬、幌犬、猟犬、それから、぀たらぬ駄犬」みな門番の鐘の音ず、銬車のがたがた鳎る音におどろかされ、口を開けお、芝生を跳んできた。 「――小犬どもたでいっしょになっお、  トレむも、ブランチも、スりィヌトハヌトも、どうだ、みんなわしにほえかかっお来るわい」 ず、ブレヌスブリッゞは倧声で蚀っお、笑った。圌の声をきくず、吠え声が倉っお、喜びの叫びになり、応ちにしお、圌は忠実な動物たちに取りたかれ、どうするこずもできないほどだった。  わたしたちはもう叀めかしい邞党䜓が芋えるずころに来おいた。邞は半ばは深い圱に぀぀たれおいたが、半ばは冷たい月光に照らし出されおいた。ずいぶんず宏壮な、たずたりのない建物で、さたざたな時代に建おられたらしかった。䞀棟はあきらかにきわめお叀く、どっしりした石の柱のある匵出し窓が突きだしお、蔊が生いしげり、その葉かげから、小さな菱圢の窓ガラスが月光にきらめいおいた。邞のほかのずころはチャヌルズ二䞖の時代のフランス奜みの建お方で、友の蚀うずころによれば、それを修理し暡様倉えをしたのは、圌の祖先で、王政埩叀のずきに、チャヌルズ二䞖にしたがっお垰囜した人だそうだ。建物をずりたく庭園は昔の圢匏ばった様匏にしたがっお造園され、人工の花壇、刈りこんだ灌朚林、䞀段高い段、壺を食った倧きな石の欄干があり、鉛補の像が䞀぀二぀建ち、噎氎もあった。友の老父君は现心の泚意をはらっお、この叀颚な食りをすべお原型のたたに保ずうずしおいるずいうこずだった。圌はこの造園法を賞でお、この庭には宏壮な趣があり、䞊品で高雅であり、旧家の家颚に䌌぀かわしいず考えおいた。最近の庭園術で自然を埗々ずしお暡倣する颚朮は、珟代の共和䞻矩的な思想ずずもにおこっおきたのだが、君䞻政䜓にはそぐわない、それには平等䞻矩の臭味がある、ずいうのだった。わたしは、このように政治を庭園術にみちびきいれるのを聞いお埮笑たざるをえなかった。だが、わたしは、この老玳士があたりに頑迷に自分の信条を守りすぎるのではないかずいう懞念の意を衚した。しかし、フランクが受けあっお蚀うには、圌の父が政治をずやかく蚀うのを聞いたのはほずんどこの時だけで、この意芋は、あるずき数週間ほど泊っおいった囜䌚議員から借りおきたものにちがいないずいうこずだった。䞻人公は、自分の刈りこんだ氎束や、圢匏ばった高い壇を匁護しおくれる議論はなんでも喜んで聞いた。しかし、ずきどき珟代の自然庭園家に攻撃されるこずもあるのだった。  わたしたちが家に近づくず、その䞀隅から音楜のひびきが聞え、ずきおりどっずばかり笑う声がした。ブレヌスブリッゞの蚀では、これは召䜿郚屋から聞えおくるのにちがいなく、クリスマスの十二日間は、䞻人が倧隒ぎを蚱し、むしろ奚励さえもしおいるのだ。ただし、すべおが昔のしきたりによっお行われなければならない、ずいうこずだ。ここには、いただに、鬌ごっこや、眰金遊び、目隠し圓おもの、癜パン盗み、林檎受け、也し葡萄぀かみなど、昔の遊戯が行われおいる。クリスマスの倧薪や、クリスマスの蝋燭がきちんず燃され、寄生朚の癜い実が぀いおいるのが吊られ、かわいい女䞭たちには今にも危険がふりかかりそうになるのだった原蚻。  召䜿たちはあたり遊戯に熱䞭しおいたので、わたしたちがなんど鐘を鳎らしおも、なかなか気が぀かなかった。やっずわたしたちの到着が䌝えられるず、䞻人がほかの二人の息子ずいっしょに、出迎えに出おきた。䞀人は賜暇で垰っおいた若い陞軍将校で、もう䞀人はオクスフォヌド倧孊の孊生で、ちょうど倧孊から垰っおきたばかりだった。䞻人は健康そうな立掟な老玳士で、銀色のかみの毛はかるく瞮れ、快掻な赀ら顔をしおいた。人盞芋が、わたしのように、前もっお䞀぀二぀話を聞いおいれば、颚倉りず情ぶかい心ずが奇劙にたじりあっおいるのを芋出したであろう。  家族の再䌚はあたたかで愛情がこもっおいた。倜も倧分遅くなっおいたので、䞻人はわたしたちに旅の衣裳を着かえさせようずせず、ただちに案内しお、倧きな叀颚な広間にあ぀たっおいる人たちのずころぞ連れおいった。䞀座の人たちは倧家族の芪類瞁者で、䟋によっお、幎ずった叔父や叔母たち、気楜に暮らしおいる奥さんたち、老衰した独身の女たち、若々しい埓匟たち、矜の生えかけた少幎たち、それから、寄宿舎䜏いの県のぱっちりしたやんちゃ嚘たちがいりたじっおいた。圌らはさたざたなこずをしおいた。順番廻りのカルタ遊びをしおいるものもあり、煖炉のたわりで話をしおいるものもあった。広間の䞀隅には若い人たちがあ぀たっおいたが、なかにはもうほずんど倧人になりかかったものや、ただうら若い蕟のような幎頃のものもいお、たのしい遊戯に倢䞭になっおいた。たた、朚銬や、玩具のラッパや、壊れた人圢が床の䞊にいっぱい散らかっおいるのは、かわいらしい子䟛たちが倧ぜいいたあずらしく、楜しい䞀日を遊びすごしお、今は寝床ぞおいやられお、平和な倜を眠っおいるのであろう。  若いブレヌスブリッゞず芪戚の人たちが互いに挚拶をかわしおいるあいだに、わたしはこの郚屋をしさいに芋るこずができた。わたしがこれを広間ず蚀ったのは、昔はたしかにこの郚屋が広間だったからであり、たた、䞻人はあきらかにもずの圢に近いものにもどそうずしおいたからである。突きでおいるがっしりした煖炉の䞊に、鎧を着お、癜い銬のかたわらに立った歊士の肖像がかかっおおり、反察偎の壁には兜や楯や槍が掛けおあった。郚屋の䞀端には巚倧な䞀察の鹿の角が壁にはめこんであり、その枝は懞釘の圹をしお、垜子や、鞭や、拍車を吊すようになっおいた。そしお郚屋の隅々には、猟銃や、釣竿や、そのほかの猟の道具がおいおあった。家具はむかしの重くお荷厄介になりそうなものだったが、珟代の䟿利なものもいく぀か加えられおいお、暫の朚の床には絚毯が敷いおあった。だから、党䜓ずしおは応接宀ず広間ずの奇劙な混ぜあわせずいった有様だった。  広いものものしい煖炉の火栌子は取りはずしおあり、薪がよく燃えるようにしおあった。その真䞭に倧きな䞞倪が赀々ず焔をあげ、光ず熱ずをどんどん発散しおいた。これがクリスマスの倧薪だずわたしは思った。䞻人はやかたしく蚀っお、むかしのしきたり通りにそれを運びこたせ、燃させたのだった原蚻。  老䞻人が先祖䌝来の肱かけ怅子に腰かけ、代々客を歓埅しおきた炉ばたにいお、倪陜が呚囲の星を照らすように、たわりを芋たわしお、みんなの心にあたたかみず喜びずを泚いでいるのを芋るのは、ほんずうにたのしかった。犬さえも圌の足もずに寝そべっお、倧儀そうに姿勢をかえたり欠䌞をしたりしお、芪しげに䞻人の顔を芋あげ、尟を床の䞊で振りうごかし、たた、からだをのばしお眠りこんでしたい、芪切に守っおくれるこずを信じきっおいた。ほんずうの歓埅には心の奥から茝き出るものがあり、それはなんずも蚀い衚わすこずができないが、そくざに感じずれるもので、初察面の人もたちたち安楜な気持ちになるのである。わたしも、この立掟な老玳士の快い炉ばたに坐っお数分たたないうちに、あたかも自分が家族の䞀員であるかのように寛いだ気分になった。  わたしたちが着いおしばらくするず、晩逐の甚意のできたこずがしらされた。晩逐は広い暫の朚造りの郚屋にし぀らえられたが、この郚屋の鏡板は蝋が匕いおあっおぎかぎか光り、呚囲には家族の肖像画がいく぀か柊ず蔊で食られおいた。ふだん䜿うあかりのほかに、クリスマスの蝋燭ず呌ばれる倧きな蝋燭が二本、垞緑朚を巻き぀けお、よく磚きあげた食噚棚の䞊に、家に䌝わった銀の食噚ずいっしょに眮いおあった。食卓には充実した料理が豊富にのべひろげられおいた。だが、䞻人はフルヌメンティを食べお倕食をすたせた。これは麊の菓子を牛乳で煮お、ゆたかな銙料を加えたものであり、むかしはクリスマス・むヌノの決たりの料理だった。わたしは、な぀かしの肉パむがご銳走の行列のなかに芋぀かったので喜んだ。そしお、それが党く正匏に料理されおいるこずがわかり、たた、自分の奜みを恥じる必芁のないこずがわかったので、わたしたちがい぀も、たいぞん䞊品な昔なじみに挚拶するずきの、あのあたたかな気持ちをこめお、その肉パむに挚拶した。  䞀座の陜気な隒ぎは、ある奇矯な人の滑皜によっお倧いに床を加えた。この人物をブレヌスブリッゞ氏はい぀もマスタヌ・サむモンずいう颚倉りな称号で呌んでいたが、圌はこぢんたりした、快掻な男で、培頭培尟独りものの老人らしい颚貌をしおいた。錻は鞚鵡の嘎のような圢で、顔は倩然痘のために少々穎があいおいお、そこに消えるこずのない也からびた花が咲いおいるさたは、霜にうたれた秋の葉のようだった。県はすばしこくお生き生きしおおり、滑皜なずころがあり、おどけた衚情がひそんでいるので、芋る人は぀いおかしくなっおしたうのだった。圌はあきらかに家族のなかの頓智家で、婊人たちを盞手に茶目な冗談や圓おこすりをさかんに飛ばしたり、昔の話題をくりかえしたりしお、この䞊なく賑かにしおいた。ただ残念なこずに、わたしはこの家の歎史を知らないために、面癜がるこずができなかった。晩逐のあいだの圌の倧きな楜しみは、隣りに腰かけた少女に笑いをこらえさせお、しょっちゅう苊したせおおくこずらしかった。少女は母芪が正面に坐っおずきどき叱るような県぀きをするのがこわいのだが、おかしくおたたらなかったのだ。じっさい、圌は䞀座のうちの若い人たちの人気者であり、圌らは、この人が蚀うこず、するこずに、いちいち笑いこけ、圌が顔぀きをかえるたびに笑った。わたしはそれももっずもだず思った。圌は、若い連䞭の県には癟芞癟胜の驚異的な人間に芋えたにちがいないのである。圌は、パンチずゞュディの人圢芝居の真䌌もできたし、焌けたコルクずハンカチを䜿えば、片手でお婆さんの人圢を぀くっおみせるこずもできた。そしおたた、オレンゞを面癜い恰奜に切っお、若い人たちを息がずたるほど笑わせるこずもしたのである。  フランク・ブレヌスブリッゞが簡単に圌の経歎を話しおくれた。圌は独身で、もう幎ずっおおり、働かずに資産から入っおくる収入は僅かだったが、なんずかうたくやりくりしお、必芁なものはそれで間に合わせおいた。圌が芪類瞁者を歩きたわるのは、気たぐれな圗星が軌道をぐるぐるあちこちにたわるようなもので、ある芪戚を蚪れたかず思うず、次には遠くはなれた別の芪戚のずころに行くのだった。むギリスの玳士は、厖倧な芪族をもっおいお、しかも財産は少ししかないずなるず、よくこういうこずをするのだ。圌の気質は賑かで、浮き浮きしおおり、い぀もそのずきそのずきを楜しんでいた。それに、䜏む堎所も亀際の仲間も頻繁にかわるので、ふ぀うの独りものの老人に無慈悲にも取り぀く、䟋の意地悪で偏屈な癖を぀けずにすんでいた。圌は䞀門の完璧な幎代蚘のようなものであり、ブレヌスブリッゞ家党䜓の系図、来歎、瞁組に粟通しおいたから、幎ずった連䞭にはたいぞん奜かれおいた。圌は老貎婊人や、老いこんだ独身女たちの盞手圹ずなっおいたが、そういう婊人たちのあいだでは、圌はい぀もただただ若い男だず考えられおいた。それに、圌は子䟛たちのなかでは、遊戯の先生だった。そのようなわけで、圌が行くずころ、サむモン・ブレヌスブリッゞ氏よりも人気のある男はなかった。近幎は、圌はほずんどこの䞻人のずころに䜏みきりになっおいお、老人のために䜕でも屋になっおいたが、ずりわけ䞻人を喜ばしたのは、昔のこずに぀いお䞻人の気たぐれず調子をあわせたり、叀い歌を䞀くさりもちだしたりしお、どんな堎合にも必芁に応じたこずだった。わたしたちは間もなく、この最埌に述べた圌の才胜の芋本に接するこずができた。倕食が片づけられ、クリスマスに特有な、銙料入りの葡萄酒や、ほかの飲みものが出されるず、ただちに、マスタヌ・サむモンに頌んで、昔な぀かしいクリスマスの歌を歌っおもらうこずになったのである。圌は䞀瞬考えお、それから、県をきらきらさせ、たんざら悪くない声で、ずいっおも、ずきに裏声になっお、裂けた葊笛の音のようになったが、面癜い昔の唄をうたいだした。 さあさ、クリスマスだ。 倪錓をならし、 近所の人を呌びあ぀めよう。 みんなが来たら、 ご銳走食べお、 颚も嵐も远い出そう  云々。  晩逐のおかげで、みな陜気になった。竪琎ひきの老人が召䜿郚屋から呌ばれおきた。圌は今たでそこで䞀晩じゅうかきならしおいお、あきらかに䞻人の自家補の酒を呑んでいたらしかった。聞くずころによるず、圌はこの邞の居候のようなもので、衚むきは、村の䜏人だが、自分の家にいるずきよりも、地䞻の邞の台所にいるほうが倚かった。それずいうのも老玳士が「広間の竪琎」の音が奜きだったからである。  舞螊は、晩逐埌のたいおいの舞螊のように、愉快なものだった。老人たちのなかにもダンスに加わる人がおり、䞻人自身もある盞手ず組んで、幟組か䞋手たで螊っお行った。圌の蚀うには、この盞手ず毎幎クリスマスに螊り、もうおよそ五十幎ばかり぀づけおいるずいうこずだった。マスタヌ・サむモンは、昔ず今ずを぀なぐ䞀皮の環のようには芋えたが、やはりその才芞の趣味は倚少叀めかしいようで、あきらかに自分の舞螊が自慢であり、叀颚なヒヌル・アンド・トりやリガドゥヌンや、そのほかの優雅な技をしめしお信甚を博そうず懞呜になっおいた。しかし、圌は䞍幞にしお、寄宿舎から垰っおきたお転婆嚘ず組んでしたった。圌女はたいぞん元気で、圌をい぀も粟䞀杯にひっぱりたわし、せっかく圌が真面目くさっお優矎な螊りを芋せようずしたのに、すっかり駄目になっおしたった。叀颚な玳士ずいうものは䞍幞にしおずかくそういう釣合いの悪い組を぀くるものである。  これに反しお、若いオクスフォヌドの孊生は未婚の叔母を連れお出た。この悪戯孊生は、叱られぬのをよいこずにしお、ちょっずしたわるさをさんざんやった。圌は悪戯気たっぷりで、叔母や埓姉効たちをいじめおは喜んでいた。しかし、無鉄砲な若者の䟋にもれず、圌は婊人たちにはたいぞん奜かれたようだった。舞螊しおいる人のなかで、いちばん興味をひいた組は、䟋の青幎将校ず、老䞻人の保護をうけおいる、矎しい、はにかみやの十䞃歳の少女だった。ずきどき圌らはちらりちらりず恥ずかしそうに県をかわしおいるのをわたしはその宵のうちに芋おいたので、二人のあいだには、やさしい心が育くたれ぀぀あるのだず思った。それに、じっさい、この青幎士官は、倢芋る乙女心をずらえるにはたったくぎたりずあおはたった人物だった。圌は背が高く、すらりずしお、矎男子だった。そしお、最近のむギリスの若い軍人によくあるように、圌はペヌロッパでいろいろなたしなみを身に぀けおきおいた。フランス語やむタリア語を話せるし、颚景画を描けるし、盞圓達者に歌も歌えるし、すばらしくダンスは䞊手だった。しかも、ずりわけ、圌はりォヌタヌルヌの戊で負傷しおいるのだ。十䞃歳の乙女で、詩や物語をよく読んでいるものだったら、どうしお、このような歊勇ず完璧ずの鑑をしりぞけるこずができようか。  舞螊が終るず、圌はギタヌを手にずり、叀い倧理石の煖炉にもたれかかり、わたしにはどうも、わざず぀くったず思われるような姿勢で、フランスの抒情詩人が歌った小曲をひきはじめた。ずころが、䞻人は倧声で、クリスマス・むヌノには昔のむギリスの歌以倖は止めるように蚀った。そこで、この若い吟遊詩人はしばらく䞊を仰いで、思いだそうずするかのようだったが、やがお別の曲をかきならしはじめ、ほれがれするようなやさしい様子で、ヘリックの「ゞュリアに捧げる小倜曲」を歌った。 蛍はその県を君に貞し、 流れる星は君にずもない、 劖粟たちも 小さな県を 火花のように茝かしお、君を守る。 鬌火は君を迷わさず、 蛇も、ずかげも、君を噛たない。 かたわずに進みたたえ、 足をずめずに。 物の怪だっお君をおどろかしはしない。 暗闇などにたじろいではいけない。 月がたどろんでも、 倜の星が 君に光を貞しおくれる。 数知れぬ蝋燭のひかるように。 ゞュリアよ、君にいおう。 こうしお、がくのもずぞ来たたえず。 そしお、君の銀のような足を 迎えたら、そのずき がくの心を君にそそごう。  この歌は、あの矎しいゞュリアのために捧げられたのかもしれないし、あるいはそうでなかったかもしれない。圌のダンスの盞手がそういう名だずいうこずがわかったのだ。しかし、圌女はそのような意味にはたしかに気が぀かなかったらしい。圌女は歌い手のほうを芋ず、床をじっず芋぀めおいた。じじ぀、圌女の顔は矎しくほんのりず赀く染たっおいたし、胞はしずかに波うっおいた。しかし、それはあきらかにダンスをしたためのこずだった。じっさい、圌女は党く無関心で、枩宀咲きのすばらしい花束を぀たんではきれぎれにしお面癜がっおいた。そしお、歌がおわるころには、花束はめちゃめちゃになっお床に散っおいた。  䞀座の人たちは぀いにその倜は散䌚するこずになり、昔流の、心のこもった握手を亀わした。わたしが広間をぬけお、自分の郚屋に行くずき、クリスマスの倧薪の消えかかった燃えさしが、なおもほの暗い光を攟っおいた。もしこの季節が「亡霊も畏れお迷い出ない」ずきでなかったら、わたしは真倜䞭に郚屋から忍び出お、劖粟たちが炉のたわりで饗宎をもよおしおいるのではないかずのぞき芋したい気になったかもしれない。  わたしの郚屋は邞の叀いほうの棟にあり、どっしりした家具は、巚人がこの䞖に䜏んでいた時代に぀くられたものかもしれないず思われた。郚屋には鏡板が匵っおあり、なげしにはぎっしりず圫刻がしおあり、花暡様や、異様な顔が奇劙にずりたぜられおいた。そしお、黒ずんだ肖像画が陰気そうに壁からわたしを芋おろしおいた。寝台は色あせおはいたが、豪華な王緞子で、高い倩蓋が぀いおおり、匵出し窓ず反察偎の壁のくがみのなかにあった。わたしが寝台に入るか入らないうちに、音楜の調べが窓のすぐ䞋の倧気から湧きおこったように思われた。わたしは耳をそばだお、楜隊が挔奏しおいるのだずわかった。そしお、その楜隊はどこか近くの村からやっおきた倜の音楜隊であろうず思った。圌らは邞をぐるりず廻っおゆきながら、窓の䞋で挔奏しおいた。わたしはカヌテンをあけお、その音楜をもっずはっきり聞こうずした。月の光が窓の䞊の枠から流れこみ、叀がけた郚屋の䞀郚を照らしだした。音楜はやがお去っおゆき、やわらかに倢のようになり、倜の静寂ず月の光ずに溶けあうような気がした。わたしは耳をそばだおお、聞き入った。音はいよいよやさしく遠くなり、次第に消え去っおゆくに぀れ、わたしの頭は枕に沈み、そしお、わたしは眠りこんでしたった。 原蚻 䞀六二二幎発行、ピヌチャム著「玳士亀鑑」。 原蚻 寄生朚は今でもクリスマスには蟲家や台所に吊される。若い男は、その䞋で女子に接吻する暩利があり、そのたびに朚から実を䞀぀摘みずる。実が党郚なくなっおしたうず、この暩利は消倱する。 原蚻 「クリスマスの倧薪」は倧きな䞞倪で、ずきには朚の根を䜿うこずもある。クリスマス・むヌノに、たいぞん仰々しく儀匏ばっお家に運びこたれ、炉に据えお、昚幎の倧薪の燃えさしで火を぀ける。それが燃えおいるあいだは、倧いに飲み、歌い、物語が話される。これずいっしょにクリスマスの蝋燭がずもされるこずもあるが、蟲家では、その倧薪の燃える赀い焔のほかにあかりは぀けない。クリスマスの倧薪は䞀晩じゅう燃えおいなければならない。もし消えたら、䞍吉のしるしであるず考えられおいたのである。  ヘリックはその歌の䞀぀にこの倧薪のこずを歌っおいる。 さあ、倧声あげお持っおこい。 クリスマスの倧薪を みんな、たのしく炉に運べ。 そうすりゃ、かみさんは、 おたえたちに、寛いで、 心ゆくたで飲め、ずいう。  クリスマスの倧薪は、今もむギリスの倚くの蟲家や台所で燃すのだが、特に北郚のほうが盛んである。癟姓のあいだには、この倧薪に぀いおいく぀かの迷信がある。もしそれが燃えおいるあいだに、すがめの人か、あるいは、裞足の人がはいっおきたら、䞍吉の前兆ずされおいる。クリスマスの倧薪の燃えさしは倧切にしたっおおいお、翌幎のクリスマスの火を぀けるのに䜿われる。
わたしは聞いたこずがない 悩みのないたこずの愛ずいうものを。 䞖にもかぐわしい春の曞物バラの花びらにも䌌た愛の心を 毛虫のように悩みは蝕む。 ――ミドルトン  たいおいの人は、幎をずっお青春の感受性を倱っおしたったり、あるいは真実の愛情のない攟埒な遊蕩生掻をしたりしお育぀ず、恋物語をあざわらい、恋愛小説を小説家や詩人の単なる虚構にすぎないず考えるものである。わたしは人間に぀いおいろいろず芳察しおみた結果、その反察だず考えるようになった。わたしの信ずるずころでは、たずえ人間性の衚面が浮䞖の苊劎のために冷たく凍っおしたい、あるいは瀟亀術によっおただ無意味に埮笑んでいるばかりになろうずも、眠っおいる火が、どんなに冷たい胞でもその奥にひそんでおり、䞀旊燃えあがれば、はげしく燃えさかり、ずきには人を滅がすほどにもなるのだ。じじ぀、わたしはあの盲目の神キュヌピッドの真の信者で、その教えるずころをすべお信奉しおいる。打ちあけお蚀えば、わたしは、人が倱恋しお心が傷぀き、呜を絶぀こずさえあるず信ずるのだ。しかし、わたしはそのような恋わずらいが男性にずっおは臎呜的になるこずが皀れだず思う。ただ、倚くの矎しい女性が、若くしお力が萎え、そのためにあの䞖に旅立たなければならなくなるずかたく信ずるのである。  男は利害ず野心ずの動物である。男は生れ぀きこの䞖界の闘争ず喧隒ずのなかに飛びこんでゆくようにできおいる。恋愛はただ青春時代の装食か、あるいは人生劇の幕間に歌われる歌にすぎない。男は名声をもずめ、財産をもずめ、䞖間の人に重んじられようずし、ほかの人間を支配しようずする。しかし、女性の党生涯は愛の歎史である。心こそ圌女の䞖界である。そこにこそ女性の野心が絶察の支配暩を埗ようずし、そこにこそ女性の貪欲が隠れた財宝を探しもずめるのだ。女は愛情を危険にさらす。心の党おをかけお愛の貿易をする。そしおもし難砎したら、絶望だ。心が砎産したこずになるのだから。  男にずっおも恋愛に砎れたずきは、するどい苊しみをおこすこずもあろう。やさしい感情が傷぀けられ、未来の幞犏な倢が吹きずばされる。しかし男は掻動的な動物だ。さたざたな仕事の枊巻くなかにその思いをたぎらすこずもできよう。享楜の流れに身を投ずるこずもできる。あるいはたた、もし痛手をうけた堎所にいお苊しい思い出に耐えられないならば、望みにたかせお䜏居をかえるこずもできるし、いわゆる、あけがのの翌に乗っお、「地の果おにずびさり、やすきをうる」こずもできる。  しかし、女性の生掻は比范的固定し、䞖間ずきりはなされおおり、瞑想的である。女はむしろ自分の感情や思玢を友ずする。もしそれが悲しみに支配されるようになったら、圌女はどこに慰めをもずめたらよかろう。女の運呜は男に蚀い寄られ、男のものになるこずだ。もし女の恋が䞍幞に終ったずすれば、圌女の心は、占領され、掠奪され、攟棄され、そしお荒れるにたかされた砊に䌌おいる。  いかに倚くの茝かしい県がくもり、いかに倚くの柔かい頬に血の気が倱せ、いかに倚くの矎しい姿が墓の䞭に消えおいったこずか。だが、なにがその矎しさをそこなったのか、だれにもわからないのだ。鳩は翌をからだにひきよせ、急所にささった矢をおおいかくすが、それず同様に、女性も䞖間の県から傷぀いた愛の痛手をかくそうずする。可憐な女の恋はい぀も内気で無蚀である。恋が叶ったずきでも、ひずりそれをささやくこずさえできないのだから、叶わぬずきには、その恋は胞の奥ふかくに秘められお、今は廃墟ずなった心のうちでちぢこたり、さびしい思いに沈むのである。圌女の心の垌望は消えさり、人生の魅力はなくなる。快い運動は心をたのしたせ、脈搏を早くし、生呜の朮を健康な流れにしお血管に送りこむのだが、圌女は䞀切そういうこずをしなくなる。䌑息もこわされる。睡眠がもたらす楜しい安息には陰鬱な倢が毒を泚ぐ。「枇いた悲しみが女の血をすする」そしお぀いにはからだが衰え、ほんのわずかな倖的な病傷をうければ滅びおしたうのだ。しばらくしおから、圌女の行方をさがしお芋れば、友だちが、圌女の時ならぬ墓に涙をそそいでいるだろう。そしお、぀い近ごろたで茝くほど健康で矎しかった人が、こんなに急に「暗闇ず蛆虫」の墓に運び去られたのを、いぶかしく思っおいるだろう。冬の寒さか、なにかふずした病いが圌女をたおしたのだ、ずきかされるだろう。だが、その前に心の病が圌女の力を吞いずっお、やすやすず圌女を死の犠牲にするこずができるようにしたこずはだれも知らないのだ。  圌女は森の朚立が誇りずする若い矎しい朚のようだ。姿は優矎で、葉は茝いおいる。しかし、虫がその心を食っおいるのだ。その朚はいちばん生き生きずしお勢いが盛んでなければならないずきに、突然枯れおゆく。枝は地面にたれさがり、葉はばらばらおち、぀いには力぀きお、森じゅうの朚がそよりずもしないのに、倒れおしたうのだ。そしお、わたしたちがこの矎しいなきがらを眺めお、それを朜ち枯らした嵐か萜雷を思いおこそうずしおも、無駄なのである。  わたしが芋た倚くの実䟋では、女性が衰匱しお自暎自棄になり、そしお地䞊から次第に消えさっおゆくのは、あたかも倩にむかっお発散しおゆくかのようだった。そしお、なん床もわたしが考えたのは、その人たちが死に到ったみちを埌もどりしお、肺病、颚邪、衰匱、疲劎、気鬱ず掚移をたどっおゆけば、぀いには最初の、倱恋ずいう城候にゆき぀けるずいうこずである。ずころが、最近こういう実䟋を䞀぀わたしは耳にした。そのいきさ぀は、それがおこった囜ではよく知られおいるが、わたしは聞いたたたに話しおみよう。  だれでも、アむルランドの若い愛囜の志士――の悲劇的な物語をおがえおいるだろう。その話は人の心を匷く感動させ、ずうおいすぐに忘れるこずはできない。アむルランドの動乱のずき、圌は謀反のかどで裁刀をうけ、有眪を宣告され、そしお死刑に凊せられた。圌の運呜は深くひずびずの同情心を動かした。圌は若々しく、聡明でしかも寛倧で、勇気にあふれ、人が青幎はかくあれかしず思うすべおをそなえおいた。圌の態床は裁刀をうけおいるあいだも厇高で倧胆だった。圌が祖囜に察する反逆の嫌疑を拒吊したずきの高朔ないきどおり、みずからの名誉を擁護したずきの滔々たる匁説。そしお、眪を蚀いわたされた絶望の時に圓っお圌が埌の䞖の人に蚎えた悲愎なこずば。こういったものはすべお、心の寛倧な人の胞にふかく刻たれ、圌の敵でさえも、圌に死刑を呜じた厳しい政策を嘆いたのだ。  ずころが、ここに䞀぀の心が、ずうおい名状するこずができないほど苊しみ悩んでいた。――は幞犏で順境にあったころ、䞀人の矎しい魅力的な少女の愛情をかちえたのだった。圌女は、今は亡くなった、ある有名なアむルランドの匁護士の嚘だったが、乙女の初恋に䌌぀かわしく、自分の利害など考えず熱烈に圌を愛しおいた。䞖間がすべお圌に反察し、非運にやぶれ、䞍名誉ず危険ずが圌の名に暗く぀きたずうようになったずき、圌女は、苊しんでいる圌をいっそうはげしく愛した。圌の運呜に敵方でさえも同情を寄せたのだずすれば、魂をすべお圌の面圱に捧げおいた圌女の苊しみはどんなだったろう。その苊しみがわかるのは、この䞖でいちばん愛した人ず自分ずのあいだに突然墓の戞をしめられおしたったひずびずだけだ。愛情にみちた矎しい人が去っおいった冷たいさびしいこの䞖に、䞀人閉め出されお、その墓の入口に坐ったこずのあるひずびずだけなのだ。  それにしおも、このような恐ろしい最期をずげるずは あたりにも凄惚だ。ひどい屈蟱だ。亡き人を思いおこしお、死別の苊痛をやわらげるよすがずするものは䜕もない。痛たしいなかにも和やかな情景は䜕もなく、別れの堎面をな぀かしいものにしおくれるものはない。枅らかな涙は、倩䞊から送られた露のように、別離に苊しむずきにも心に生をよみがえらせおくれるのだが、ここには悲しみを溶かしお、そういう涙にしおくれるものは䜕もないのだ。  未亡人ずなった圌女の生掻をさらにさびしくしたのは、この䞍幞な恋のために父の䞍興を蒙っお、芪の家から勘圓されたこずだった。しかし、もし友だちの同情ず芪切な心づくしが、この、恐怖でたたきのめされた心にずどいおいたならば、圌女はいくぶんなぐさめられたにちがいない。アむルランド人は、感受性がするどく、しかも寛倧なのだから。圌女は、やさしく、い぀くしみ深い䞖話を富豪や名望家から受けた。圌らは圌女を亀際瀟䌚に招きいれ、さたざたな仕事や嚯楜をあたえお、圌女の悲しみをたぎらそうず぀ずめ、悲劇に終った恋の物語から圌女を匕きはなそうず手を぀くした。しかし、それはすべお無駄であった。この䞖には、魂をそこない焌き぀くしおしたう悲惚な打撃があるのだ。それは、幞犏の根もずたで぀きずおし、枯らしおしたい、ふたたび蕟をもち花を咲かすこずはできないようにしおしたうのだ。圌女はさからいもせずに嚯楜の堎所によく出おいった。だが、そこでも圌女はぜ぀ねんずしお、孀独の淵に沈んでいるかのようだった。悲しい幻想にふけりながら、あちこち歩きたわり、たるで呚囲の䞖界には気が぀かないようだった。圌女の心の䞭には悲哀があり、それが友だちのやさしい蚀葉をも受けいれず、「圌女に蚀いよる人が、いかにたくみに笛を吹こうずも、耳をかたむけようずもしなかった」のだ。  わたしに圌女の話をしおくれた人は、ある仮装舞螏䌚で圌女を芋たこずがあった。絶望的な惚めさは、こういう堎所で芋るず、もっずもおそろしく痛々しく芋えるものだ。幜霊のようにさたよい、たわりはみな陜気だずいうのに、さびしく、うれいに満ちおいる。装いははなやかだが、その物腰はいかにも力なく悲しげだった。みじめな心を欺いお、瞬時でも悲しみを忘れようずこころみたが、空しく終ったずいうようである。圌女はたったく茫然自倱のありさたで、豪奢な郚屋を通り、着食った人々のあいだをぶらぶら歩いおゆき、ずうずう奏楜垭の階段に腰かけお、しばらくあたりを芋たわしおいたが、県はう぀ろで、その堎の華矎な光景には無感芚であるこずがわかった。やがお圌女は病める心の気たぐれにものがなしい曲を歌いはじめた。圌女の声は粟劙だった。だが、このずきはほんずうに玠朎で、いかにも心に迫るようだったし、痛んだ魂がにじみでおいたので、圌女の呚囲に匕き぀けられたひずびずは黙然ずしお声をのみ、ひずりずしお涙にかきくれないものはなかった。  こんなに枅玔で可憐な人の物語が、名に負う熱情的な囜で、ひじょうな関心をかきたおないはずはなかった。この話に、ある勇敢な軍人が深く心を動かされ、圌女に結婚を申しこんだ。圌の考えでは、故人に察しおこんなに真実な人ならば、もちろん生きおいる人には愛情がこたやかにちがいないずいうこずだった。圌女は圌の求婚を拒んだ。圌女の胞は、むかしの恋人の思い出でいっぱいになっおいお、どうするこずもできなかったのである。しかし、圌は熱心に求婚を぀づけた。圌は盞手の愛情をもずめず、尊敬を求めた。圌女が圌の立掟な人栌を信じおいたこずず、圌女が友人の芪切によっお生きおいる、぀たり自分が䞍劂意で、人に頌っおいるのだずいうこずを感じおいたこずは圌にずっお奜郜合であった。ひずこずでいえば、圌は぀いに圌女ず結婚するこずができた。しかし、圌は、圌女の心が今も倉りなく別の人のものだずいうこずを痛たしくも知っおいた。  圌は圌女を連れおシシリヌぞ行き、堎所がかわれば、むかしの悲しみも思い出さなくなるだろうず思った。圌女は愛らしい立掟な劻ずなり、たた、぀ずめお幞犏な劻になろうずした。だが、黙々ずしお心をむしばむ憂愁は圌女の魂のなかにはいりこんでしたっおいお、䜕ものもそれを癒すこずはできなかった。圌女は望みのない病に䟵され次第にや぀れ、぀いに傷心の犠牲ずなっお他界した。  有名なアむルランドの詩人モアが詠んだ次の詩は、圌女のこずをうたったものである。 若い勇士が眠る囜から圌女は遠くはなれおいる。 想いを寄せるものたちは圌女をかこみ、慕いよるが、 圌女は冷たく圌らの県をさけお泣く。 その心は圌の墓の䞭にあるのだ。 圌女は懐しい故里の野の歌を口ずさむ、 ありし日の圌が愛した調べを。 ああ、その歌をきいお喜ぶものは 歌う人の心が千々にくだけるのを知らぬ。 圌は恋に生き、囜のために死んだ。 恋ず祖囜が圌をこの䞖に結んでいたのだ。 囜びずの涙はすぐには也かず、 恋人はすぐに圌のあずを远うだろう。 おお、日の光が䌑むずころに圌女の墓を぀くれ、 倕日の光が茝くあすを玄束するずき。 日は、西方から埮笑みのように、圌女の眠りの䞊に茝くだろう。 圌女が愛したかなしみの島から。
幎よりの幎経た頭に぀くられた䞀぀の叀い歌がある、 幎ずった立掟なだんながありたた、倧きな地所をもっおいお、 広い広い叀邞、そこで気前のよい暮らし、 門では幎より門番が貧乏人を助けおた。 叀い曞斎はかたくるしい昔の本でいっぱいだ、 偉い牧垫は幎よりで、䞀目でそれずすぐわかる、 食堂の埡銳走運ぶその窓の戞なんぞこわれお取れおいる、 幎経た厚に幎経たコック、その数党郚で六人だ。 お宮仕えのおいがれに、そっくりそのたた  云々 ――叀謡  むギリス囜民が埗意ずする滑皜のうちで、圌らがもっずも長じおいるのは、ものごずを挫画化したり、道化た名称やあだ名を぀けたりするこずである。こういうふうにしお、圌らが名を぀けたものは単に個人だけでなく、囜民にも及んだ。そしお、どこたでもふざけるのが奜きなので、自分自身さえも容赊しなかった。ふ぀うの人が考えれば、ある囜民が、自分たちに人間の名を぀けるならば、なにか嚁厳があり、雄々しく、壮倧なものを想像するのが圓りたえだろう。ずころがむギリス人の気性は颚倉りで、圌らが愛するのは、無愛想で、滑皜で、しかも芪しみのあるものなのだ。そういう特城があらわれたために、圌らは自分たちの囜民的な奇矯な性質を具象するものずしお、でっぷり肥った、逞しい老人を遞び、それに䞉角垜をかぶせ、赀いチョッキを着せ、なめし革のズボンをはかせ、頑䞈な暫の棍棒をもたせたのである。こうしお、圌らは自分のもっずも内密な欠点を面癜おかしくさらけだすこずに奇劙な喜びを感じた。そしお、圌らの描いた絵はじ぀にうたくできおいるから、実圚の人物でだれが倧衆にずっおよく蚘憶されおいるずいっおも、あの倉人、ゞョン・ブルにはずうおい敵わないであろう。  このようにしお自分に぀いお描かれた人物を絶えず泚芖しおいたためであろうが、やがおその人物はむギリス囜民の䞊にしっかりず根をおろすようになり、たた、最初は倧郚分想像で描かれたのであろうが、それに真実性がそなわるこずになっおきた。人間ずいうものは、自分が奇劙な性質をもっおいるのだず垞に蚀いきかされおいるず、じっさいそういう性質になっおしたいがちである。䞀般のむギリス人たちは、自分が考えたゞョン・ブルの理想的なすがたにふしぎなほど倢䞭になっおしたったらしく、片時もはなれずにはっきりず自分の県の前にある戯画にふさわしいように行動しようず぀ずめおいるのである。䞍幞にしお、圌らはずきずしお自分が偏芋をもっおいたり、あるいは野卑であったりしたずきに、自慢のゞョン・ブルをひきあいに出しお、蚀いわけをしようずするのだ。ほんずうに䞖間知らずの生粋のロンドン育ちのもので、ロンドンのボり教䌚の鐘の音がずどかぬずころには行ったこずがない人たちのあいだでこういうこずは特に目に぀いた。そこでは、もの蚀いが少しぶし぀けで、差出がたしい事ばかり蚀う人は、自分こそほんずうのゞョン・ブルであるず蚀い、きたっお遠慮䌚釈なく物を蚀う。぀たらないこずで法倖に怒りたおたりするずきには、ゞョン・ブルずは怒りっぜい男であるず蚀う。もっずもこの人は怒りがおさたっおしたえば、悪意はたったく持っおいないのである。もし圌が、自分の趣味が粗野で、倖囜の粟矎なものに無感芚なこずをうっかり暎露したずきには、圌の蚀い草は、ありがたいこずにおれはそんなものは知らない、おれは正真正銘のゞョン・ブルで、うわべの食りや぀たらぬ芋せびらかしには趣味がないのだ、ずいうのである。圌が知らない人にだたされお、銬鹿げたものに法倖な金を払いやすい傟向があるのさえ、鷹揚であるずいう口実で蚀いのがれ、ゞョン・ブルは賢明であるよりも、むしろ垞に寛倧であるず蚀うのだ。  このように、ゞョン・ブルずいう名を利甚しお、圌は議論の結果あらゆる欠点を矎埳にしおしたおうずし、たた、あらゆる人間のうちで自分がいちばん正盎な男であるずみずから率盎にみずめるのである。  したがっお、このゞョン・ブルずいう人物ははじめはむギリス囜民の姿にはほずんど䌌合わなかったかもしれないが、次第に適応しお、それにあおはたるようになった。いや、むしろ囜民のほうがおたがいに適応しあったのである。倖囜人がむギリス人の特異性を研究しようずするならば、挫画店の窓に食っおある、あたたのゞョン・ブルの肖像から、さたざたの貎重な知識を埗るこずができるだろう。しかしながら、このゞョン・ブルずいう男は、はなはだ滑皜の才に富む人で、絶えず新しいすがたをあらわし、芋かたによっおいろいろな顔぀きに芋えるのである。そこで、今たでにもずいぶんいろいろず圌に぀いお曞かれおきたのだが、わたしは、わたしの県に映った通りの圌のすがたを簡単にスケッチしお芋たいずいう誘惑に勝おないのである。  ゞョン・ブルはどう芋おも、あけすけな露骚な垞識的な男で、詩的情緒にはきわめお乏しいが、散文的情緒には富んでいる。生れ぀き空想的でないが、自然な感情が匷くゆたかである。圌は機智があるずいうよりも滑皜に秀いで、にぎやかで快掻ずいうよりはのんびりず䞊機嫌であり、気むずかしく陰気ずいうよりは物思わしげで憂鬱である。思わずほろりずしたり、あるいは、びっくりしお爆笑するこずもあるが、感傷におがれるのはきらいで、おどけるこずは奜たない。自分の思いのたたにするこずができ、自分のこずが話題になっおいさえすれば、圌は遊び仲間になっおいるし、たた、友人のためには生呜も財産も投げだしお味方になり、どんなにひどく棍棒でうたれようずいずわない。  じ぀をいうず、この友人のために぀くす点に぀いおは、圌はいささか早たりすぎる傟向がある。圌はおせっかいな人間で、自分ず家族ずのこずを考えるだけでなく、身のたわり䞀垯のひずびずのこずたで考え、たったく寛倧にすべおの人を守っおやろうずいう気になるのである。い぀でも近所の人たちに尜力を申し出お、その事件を解決しようずし、もしも盞手が自分の意芋をたずねないで、なにか重倧なこずでもしようものなら、倧いに機嫌をそこねるのだ。ずころが、圌がこういったたぐいの芪切な䞖話をやくずきはたいおい、みんなず喧嘩になっおしたい、しかも、その人たちが恩知らずであるず蚀っおひどく毒づくのである。圌は䞍幞にしお若いずきに立掟な護身術の修緎をし、手足や歊噚を甚いる技に熟し、拳闘や棍棒術の達人ずなったので、それ以来ずっず面倒の倚い生掻をおくっおいるのである。喧嘩があるず聞きこめば、たずえそれが近所ずは蚀えないようなはなれたずころでおこったこずでも、すぐに自分の棍棒の頭をなでたわし、この喧嘩に口を出すこずは自分の利害のために、あるいは名誉のために、必芁であるか吊かを考えはじめるのだ。じっさい、圌の嚁光ず政策ずは近隣䞀垯に倧きくひろがっおいるので、䜕か事件がおこるず、かならず圌の粟巧にはりめぐらした暩利や嚁厳がいくぶんか䟵されないわけにはいかない。圌が自分の小さな領地に坐りこんで、こういう现糞をありずあらゆる方向に延べひろげおいる様は、倪錓腹の、癇癪もちの叀蜘蛛のようだ。この蜘蛛は郚屋じゅうに巣をはっおいるので、蠅が䞀匹飛んでも、颚がちょっず吹いおも、眠りをおどろかされ、向っ腹を立おおその根城から出撃しおゆくのである。  圌は心底はほんずうに情の深い、気立おのよい男なのだが、ふしぎに争いの真只䞭に飛びこむのが奜きである。しかし、奇劙な性癖で、圌は喧嘩の最初のほうだけしか楜したない。い぀も喜び勇んで戊いに突入するが、匕きあげおくるずきには、たずえ勝った堎合でも䞍平をこがすのだ。圌ほど頑匷に戊っお、䞻匵を抌し通すものはないのだが、戊いがすんで、和睊するずきには、ただ握手するのにさえ倢䞭になりすぎお、今たで争っおいたものをすっかり敵にせしめられおしたいがちだ。したがっお、圌がよく譊戒しおかかるべきものは、戊いそのものではなく、むしろ仲盎りのほうである。圌を棍棒でなぐり぀けおも、びた䞀文取りあげるこずすら容易にはできない。だが、機嫌をよくさせれば、それこそ話しあいで圌のポケットにある金を根こそぎたきあげるこずもできるのだ。圌は堅牢な船に䌌おいる。どんなに烈しい嵐でも傷぀かずにきりぬけおゆくのに、そのあずで颚が凪ぐず、倧ゆれにゆれおマストを氎に぀けおしたうのだ。  圌は倖ぞ出お殿様ぶるのが少々奜きだ。重い財垃をひっぱり出しお、拳闘の詊合や、競銬や、闘鶏に金をふんだんにたきちらし、「奜事家連䞭」のなかで嚁匵りかえっおいるのが奜きなのである。ずころが、こういう浪費の発䜜がさめるず、たちたちにしお圌は、節玄を忘れたずいうはげしい呵責の念にずり぀かれ、ほんの僅かな出費をもぱったりず差しひかえおしたい、やがお零萜しお逊老院に入れられおしたうだろうなどず自棄になっお蚀うのだ。そしお、そういう気分のずきには、小売商人の勘定はどんなに少額でも、さんざん蚀い争ったあげくでなければ、払おうずしない。じじ぀、䞖の䞭で圌ほど正確に期限をたもっお金を払う人はないのだが、たた圌ほどひどく䞍平をこがしながら金を払う人もない。ズボンのポケットから、さもいやそうに金を匕っぱり出しお、びた䞀文も欠けずに払うのだが、䞀ギニヌ出すごずにがみがみず文句を添えるのだ。  ずころが、圌は節玄、節玄ずしきりに蚀うのにもかかわらず、家のものには気前よく物をあたえ、客には歓埅を぀くすのである。圌の倹玄は気たぐれなもので、そのいちばん䞻な目的は、どうしたら倧散財をするこずができるか、その方法を考えだすこずである。自分はビフテキ䞀枚食べるのも、葡萄酒を䞀パむント飲むのもけちけちする日があるかず思うず、それは、その翌日に牡牛を䞀頭䞞焌きにし、ビヌルの倧暜の口をあけ、近所の人に䞀人残らずもおなしをするためなのだ。  圌の䞖垯は莫倧な費甚を芁する。これは、倖芳が壮倧なためではなく、むしろ充実した牛肉やプディングをさかんに消費し、倧勢の召䜿に衣食をあたえ、たた、奇劙な性分のおかげで、ちょっずした仕事に巚額な金を払うからである。圌はしごく芪切で情ぶかい䞻人であり、もし召䜿たちが圌の颚倉りな気質を呑みこみ、ずきたた圌の虚栄心に少々ぞ぀らいを蚀い、圌の目の前で無遠慮に金を䜿いこむようなこずさえしなければ、自由自圚に圌をあや぀るこずができる。圌の䞖話になっお暮らしおいるものはなんでも勢いがさかんになり、肥るようである。召䜿たちは絊料をたっぷり貰っお、わがたた攟題しおいお、しかも甚事はほずんどないのだ。銬は毛なみが぀や぀やしお、なたけもので、䞻人の公匏銬車をひくずきにはのそのそず嚁匵りくさっお歩く。番犬はのどかに門のあたりで眠りこけ、抌蟌み匷盗が来おも吠えかかろうずもしない。  圌の邞はいくたの歳月をぞたために灰色になった叀い城のような荘園邞で、颚雚にさらされたずはいえ、たいそう荘厳な倖芳を呈しおいる。この邞は敎然ずした蚈画によっお建おられたのではなく、ただ郚分郚分が途方もなく倧きく積みかさなっおいるだけで、各郚分の趣味や、建おられた時代は皮々雑倚である。䞭倮郚はあきらかにサク゜ン建築のあずをずどめ、倧きな石やむギリス暫の叀い材朚を䜿っお、これ以䞊堅牢にはできないずいうほど頑䞈に぀くっおある。こういう様匏の遺跡の䟋に掩れず、この邞にもうす暗い廊䞋や、こみいった迷路や、陰気な郚屋がたくさんあり、珟代になっおから郚分的には明るくされたが、いただに暗闇のなかで手探りしなければならない堎所が数々ある。ずきに応じお本来の建物に増築がほどこされ、倧改造もおこなわれた。戊争や叛乱のあいだには塔や胞壁が築かれ、平和なずきには翌が建おられた。離れ屋や、番小屋や、台所が、さたざたな䞖代の気たぐれや䟿宜にしたがっお造られた。そしお、぀いにこの邞ほど広倧で、たずたりのない建物は、ほかには想像するこずもできないようになっおしたったのである。䞀そで党䜓が家族の瀌拝堂になっおいる。これは尊ぶべき建物で、か぀おはきわめお壮麗であったにちがいない。その埌さたざたの時代に改倉を加えられ、簡玠化されたにもかかわらず、䟝然ずしお厳かな宗教的な華麗な様盞をそなえおいる。その内偎の壁にはゞョンの先祖たちの蚘念碑が食られ、やわらかい座蒲団や、立掟な䞊匵りの怅子が心地よくし぀らえおある。そしお、家族のなかで宗教的儀匏を奜むものは、ここで安楜に居眠りをしお、぀ずめは怠っおいるこずもできるのである。  この瀌拝堂を維持するためにゞョンはずいぶん金を぀かった。しかし、圌は自分の宗教を固く信じおおり、付近に非囜教掟の教䌚がぞくぞく建おられ、圌が喧嘩したこずのある近所の人がいく人か匷烈なロヌマ・カトリック信者であるずいったような状態だず、やっきになっおしたうのである。  瀌拝堂の勀行をおこなうために、圌はたいぞんな費甚をかけお、信心ぶかい、堂々たる恰幅の家庭牧垫をやずっおいる。この牧垫はきわめお孊識があり、瀌儀正しい人物で、ほんずうに䞊品なキリスト教埒で、぀ねに老玳士の意芋をあずおしし、圌のかるい眪はわざず芋のがしおやり、子䟛たちが蚀うこずをきかないずきには叱り぀ける。そしおたた、圌が倧いに圹立぀のは、小䜜人たちに聖曞を読み、祈祷をするようにすすめ、ずりわけ、借地料をきちんきちんず玍め、䞍平を蚀わないように蚓戒するこずである。  家族の䜏む郚屋はいかにも叀颚な趣味で、いささか重苊しく、たいおいの堎合䞍䟿であるが、昔のおごそかな厇高さに満ちおいる。ここには色あせたずいっおも立掟な絚毯がしき぀めおあり、かさばった家具や、豪奢な金銀の倧きな食噚がならべおある。巚倧な煖炉、ゆったりした台所、ひろびろした地䞋の蔵、宎䌚甚の豪華な広間。すべおが過ぎし昔のにぎやかな酒宎を物語っおいる。こういう酒宎に比べれば、今日荘園邞でもよおされる宎楜などは、ほんの圱にしかすぎない。しかし、幟組もの郚屋があきらかに人が䜏たなくなり、叀くなっおしたっおいる。楌や塔は壊れおちそうになっおいお、颚の匷い日には、家族の頭䞊に倒れかかる危険がある。  ゞョンはしばしば、この叀い建物を完党に解䜓しお、無甚な郚分はずりこわし、ほかのずころをその材料で補匷するように忠告された。ずころが、この老人はこの話がもちだされるずきたっお怒りっぜくなるのだ。圌が蚀うには、この邞は立掟な建物だ。しっかりしおいお、颚雚にも耐え、嵐が吹いおも揺れるものではない。もう数癟幎も建っおいるのだから、今になっお急に倒れたりするはずがない。䞍䟿である点に぀いお蚀うならば、家族はその䞍䟿になれおいるから、それがなくなったら、かえっお萜ち぀いおいられないだろう。倧きすぎお、建おかたが䞍ぞろいだず蚀うが、それはこの邞が数䞖玀にわたっお成長しおきたからで、䞖代ごずに英智をもっお改革しおきた結果である。自分のような叀い家柄のものは倧きな家に䜏たなければならん。新しい成りあがりの家族は珟代颚の小屋なり、䜏み心地のよい掘っ立お小屋なりに䜏むのもよかろう。だが、叀いむギリスの家門は、叀いむギリスの荘園邞に䜏むべきである、ずいったわけである。もしも建物のどこかが䜙蚈であるず指摘しようものなら、圌は、その郚分はほかの堎所の力ずもなり食りずもなっおいる倧切なずころで、党䜓を調和させるためだ、ず䞻匵し、各郚分は互いに食いこみあっお建おられおいるのだから、もしも䞀カ所を匕きたおしたりしたら、党䜓が頭から厩れおちおくる危険をおかすこずになる、ずうそぶくのだ。  こずの真底をたちわっお蚀うならば、ゞョンはひずの保護をし、恩をかけるのが倧奜きなのだ。圌の考えでは、絊料を惜したずに䞎え、自分に䟝存するものたちによっお食い぀ぶされるこずが、叀い立掟な家門の嚁厳にずっお欠くべからざるこずなのだ。だから、半ばは誇りのため、半ばは芪切心のために、圌は、耄碌しおしたった召䜿たちにも䜏居ず生掻費をかならずあたえるこずにしおいるのだ。  その結果、ほかの倚くの尊ぶべき䞖垯ず同様、圌の荘園は、圌が解雇するこずができない老僕や、圌が攟棄するこずができない叀い様匏のために動きがずれなくなっおしたうのである。圌の邞宅は倧きな傷病兵療逊所のようなもので、さすがの宏倧さをもっおしおも、その䜏人にずっおは少しも倧きすぎるこずはないのである。どんな片隅でもだれか圹に立たない人を䜏たわせるのに䜿われおいないずころはない。老護衛兵や、痛颚病みの幎金生掻者や、退圹した食料眮堎の英雄たちの矀が、邞の塀によりかかったり、芝生をはいたわったり、朚かげで居眠りをしたり、あるいは、戞口のあたりでベンチに腰かけお日向がっこをしたりしおいる。どの台所にも、どの離れ屋にもこういう䜙蚈な人間ずその家族が陣どっおいる。圌らは驚くほど子沢山で、死ねばかならずゞョンに遺産ずしお、食わしおやらねばならない腹の枛った口を残しおゆくのである。邞のなかで塔に鶎はしを打ちこめば、たずえそれがいちばんがろがろの朜ちはおた塔であっおも、老衰した居候で、䞀生涯ゞョンの費甚で暮らしおいた男が、かならず、どこかの割れ目か銃県から、癜髪頭をひょこりず突きだすのだ。そしお、いずも悲しげな叫び声をあげお、䞀家の老いさらばえた召䜿の頭䞊から屋根をひきおろしおしたうずは、あたりのこずだ、ずいうにきたっおいる。こういう蚎えにはゞョンの正盎な心は抗うこずができない。そういうわけだから、ある人が䞀生忠実に圌の䞎える牛肉ずプディングずを食べおいれば、老幎になっおからは煙草のパむプずビヌルの倧コップで報いられるこずは受けあいである。  圌の庭園の倧郚分も草地になっおしたっおいる。そこには圌のやせおずろえた軍銬が攟されお、邪魔されずに草をはみ、䜙生をおくっおいるのだ。これは、むかしの恩をよくおがえおいるこずのあっぱれな暡範であり、近所の人がたねおも決しお䞍名誉にはなるたい。じっさい、圌の倧きな愉しみの䞀぀は、こういう老銬どもを来客にさししめし、その皟質をくわしく述べたお、その過去のはたらきを賞揚し、少々埗意になっお、その銬が圌を乗せお走ったずきの危険な冒険や、勇敢な歊勲を吹聎するこずなのだ。  しかし、圌は家門のならわしや、家の厄介ものに察する尊敬の念には奇劙なほど倢䞭になっおいるのである。圌の荘園はゞプシヌの矀に䟵害されおいる。だが、圌はその連䞭を远いだすこずを蚱さない。それずいうのは、圌らがその堎所にずっず昔から暪行しおいたためであり、たた、この䞀家のい぀の䞖代においおも定たりの密猟者だったからである。圌は、邞をずりたいおいる倧きな朚々の枯れ枝を切るこずもなかなか蚱さない。そこに数䞖玀のあいだ巣を぀くっおいた深山烏を邪魔するずいけないからである。梟は鳩の巣を占領しおしたった。しかし、それは家䌝来の梟であり、したがっお、その平和を乱しおはならないのである。燕は煙突に巣を぀くっおどれもこれもほずんど぀たらせおしたった。岩燕は邞のありずあらゆる小壁や軒蛇腹に巣をかけおいる。烏は塔のたわりをばたばた飛びたわり、颚芋には䞀぀残らずずたっおいる。そしお、灰色の頭の叀錠どもは邞のどの郚屋にもいお、真昌間から臆面もなく、穎を出たり入ったり駈けたわっおいる。芁するに、ゞョンは䞀門に長く䌝わったものはなんでも厇めたおるのだ。悪匊を改革するこずさえ聞きいれようずしない。それは、家に䌝わった、昔な぀かしい悪匊であるからだ。  こういった気たぐれや癖はすべお䞀臎協同しお、老玳士の財垃をいたたしいほど枯枇させおしたった。そしお、圌が金銭に関するこずでは期限を守るこずを自慢にし、あたり近所に信甚を保ずうず望んでも、いざ債務をはたす段になるず、こういう奇癖のおかげで、すっかり途方にくれおしたうようになったのである。これがたた、家族のなかに四六時ちゅうおこる口論や嫉劬反目によっおいっそうはなはだしくなるのだ。圌の子䟛たちは成長しおさたざたな職業に぀き、考え方もそれぞれ異っおいる。ずころが、圌らはい぀でも自分の考えたこずを遠慮なく話すこずを蚱されおきたので、今もその暩利を行䜿しお老玳士の珟状に぀いおたいぞんかたびすしく論じあうのである。あるものは䞀門の名誉を守ろうずしお、費甚がどれほどかかろうずも、その叀い栌匏を䞀切今のたたに保぀べきだず決めおかかる。たたあるものはもっず慎重で思慮ぶかく、老玳士に察しお経費をきり぀め、家政党䜓をもっずころあいのずころたで匕きさげるように熱心にたのむ。じっさい、圌もずきにはその意芋を聞こうずいう気になったこずもあるのだが、圌らの有益な忠告は、息子のうちのある䞀人の隒々しい行動によっお埮塵にくだかれおしたったのだ。この男は、隒がしい、頭の空っぜな男で、性癖はどちらかずいえば䜎劣であり、仕事をおこたっおは酒屋ぞ足しげく通い、村のクラブの雄匁家であり、父の小䜜人のうちのいちばん貧乏な連䞭のなかでは党くの賢哲ずしお通っおいるのだ。兄匟のだれかが改革ずか節玄ずかいうこずを口にするのを聞くがはやいか、圌は飛びあがっお、盞手がいおうずするこずを暪どりし、革呜をおこそうず叫び立おる。䞀旊圌の舌が動きはじめるず、䜕ものずいえどもそれを止めさせるこずができない。圌は郚屋じゅうをわめきたわり、老人に向っお、金䜿いが荒いずいっおおどし぀け、老人の趣味や仕事をあざけり、老僕たちを家のそずに远い出せず蚀いはり、耄碌銬どもは猟犬に食わせおしたえ、肥っちょの牧垫はくびにしお、野倖説教者をそのかわりに雇えず蚀いだす。いや、それどころか、邞党䜓をうちこわしお、そのあずに煉瓊ずモルタルの簡玠な家を建おろずさえ蚀いはるのだ。圌は瀟亀䞊の宎䌚や家族の祝いはどれもこれもののしるが、銬車の甚意ができお門口に぀くず、きたっお愚痎をこがしながら、こっそり酒屋ぞずるけこんでしたう。圌は財垃がからだず絶えず䞍平を蚀っおいるが、いささかの躊躇なしにこういう居酒屋䌚議に小遣銭をはたききっお、その䞊酒代の借をふやす。しかも、圌はこの酒をのみながら、父芪の無駄づかいを説教しおきかせるのだ。  このように逆らえば、老階士の烈しい気性ず折りあわないこずは容易に想像できよう。老人はたびかさなる邪魔立おにすっかり苛立っお、経費削枛ずか改革ずかず、䞀くち口にしただけで、老人ず、この居酒屋の賢人ずのあいだに倧喧嘩がおこる合図になる。ずころが、この賢人ずきたら、すこぶる頑䞈で、芪が制埡しようにも手に負えず、棍棒に察する恐怖などはすでになくなっおしたっおいるので、圌らはしばしば口角泡をずばしお蚀い争うのである。ずきには論争があたりにはげしくなり、ゞョンはやむなく息子のトムの助倪刀をもずめるのだ。このトムは軍人で倖地勀務をしおいたが、今は䌑職しお邞に暮らしおいるのである。圌は、善かれ悪しかれ、かならず老玳士に加担し、隒がしく暎れたわる生掻が䜕よりも奜きだから、ちょっず目くばせするか、うなずくかすれば、たちたちにしおサヌベルをひきぬくのだ。そしお、この賢人が父芪の暩嚁に楯぀こうずでもしたら、その頭䞊でサヌベルをふりたわすのである。  こういった家族の軋蜢は、䟋によっお、倖に知れわたり、ゞョンの近隣で陰口の絶奜な材料になる。圌の身の䞊のこずが話に出るず、ひずびずは心埗顔をしお頭をふり、口をそろえお蚀うのである。「話にきくほど、あの人のずころの事情が悪くなければいいが。しかし、息子が自分の父芪の浪費に文句をいうようになるのでは、䞇事よほどたずく行っおいるにちがいない。聞くずころによるず、埡老人はなにもかも抵圓にずられお銖がたわらず、しょっちゅう金貞しず亀枉があるらしい。あの人はたしかに気前のいい老玳士だ。しかし、どうもあたり道楜にふけりすぎたんじゃないか。だいたい、あんなに猟や競銬や宎䌚や拳闘にばかり凝っおいお、いいこずはあるたいず思っおいたが、芁するに、ブルさんの地所はじっさい立掟で、今たで長いこず埡家のものだったが、しかし、それはそうずしおも、今たでにはもっず立掟な地所がいくらも競り売りになったんだ」  䜕よりももっずも悪いのは、こういう金銭䞊の悩みや䞀家のなかの確執が、この憐れな男自身に及がした結果である。か぀おは円い芋ごずな倪錓腹で、満足げな赀ら顔を芋せおいたのに、近ごろはしなびおちぢこたり、霜でいたんだ林檎のようになっおしたった。圌が順颚に垆をあげお進んでいた奜況時代には、金モヌルの぀いた赀いチョッキがじ぀にすばらしくふくれでおいたが、今はそれがだらりずからだにたれさがり、凪のずきの倧檣垆のようである。圌の鞣皮のズボンは折り目や皺だらけで、あきらかに長靎を支えおいるのに苊劎しおいるようだ。そしお、その長靎は、か぀お頑䞈だった圌の脚の䞡偎に倧ぐちをあけお欠䌞しおいるのである。  以前には、肩をそびやかしお歩きたわり、䞉角垜を斜めにかぶり、棍棒をふりたわしお、どしんどしんず地面を元気よく突き、だれの顔でも䞍敵ににらめ぀け、茪唱歌やら酒盛りの歌やらを䞀くさりのんきに歌っおいたのだが、今はもの思わしげにひずり口笛を吹きながら歩き、頭はしょんがりず垂れ、棍棒は腋にしたいこんでいる。䞡手をズボンのポケットの底たで突っこんでいるが、あきらかに䜕もはいっおいないらしい。  これが正盎もののゞョン・ブルの珟圚の苊境である。しかし、こんなになっおしたっおも、老人の粟神はあいもかわらず溌剌ずしお勇壮である。同情や心づかいの蚀葉をちょっずでも掩らそうものなら、圌はたちたち烈火のように怒り、自分は囜じゅうでいちばんの金満家で、からだもいちばん匷壮であるず匷く出お、近いうちに倧金を぀いやしお邞を食るか、あるいは、別の地所を買いずる぀もりだなどず蚀うのだ。そしお、匷そうな様子をちょっずしお芋せ、棍棒を握りしめ、六尺棒でたた䞀勝負やりたいず熱心に蚀いだすのだ。  こういうこずには䜕かどうも奇劙なずころがあるのだが、じ぀をいえば、ゞョンの境遇を芋るず、たいぞん興味を感じないではいられないのである。さたざたな奇劙な気性や頑固な偏芋をもっおいるにもかかわらず、圌は心の枅らかな老人である。圌は自分で思うほどすばらしく立掟な男ではないかもしれないが、圌は近所の人が考えるよりは少くずも二倍ほど善良である。圌の矎埳はすべお圌に独特なものであり、いずれも食りけがなく、玠朎で、真心がこもっおいる。圌の欠点でさえ、圌の溌剌ずした長所をあらわしおいる。圌の浪費には気前のよいずころがあり、喧嘩奜きは勇気があるこずを瀺し、だたされやすいのは心を打ちあけお信ずるこずに通ずるものがあり、虚栄心には自尊心の気味があり、ぶっきらがうなずころは誠意があるこずをあらわしおいる。こういう短所はすべお、ゆたかな、床量の倧きな性栌が有り䜙っお溢れたものだ。圌はむギリス暫に䌌お、倖偎は荒っぜいが、なかは䞈倫で実が぀たっおいる。その暹皮に瘀が倚いのは、壮倧に成長した材朚に釣り合っおいる。ちょっず嵐が吹いおも枝がおそろしく呻ったり぀ぶやいたりするのは、その枝がこんもりず繁っおいるからである。圌の叀い邞の有様にも䜕かきわめお詩的で絵のように矎しいずころがある。その邞に気持よく人が䜏めるようになっおいるかぎりは、わたしは、この趣味や意芋の混沌ずした時代に、それに䜙蚈な手を入れるのを芋たら、気がもめおならないであろう。圌に忠告するもののなかにはもちろんよい建築家もいお、圹に立぀かもしれない。しかし、わたしが憂えるには、倚くのものは単なる平等䞻矩者であり、ひずたび鶎はしをもっおこの荘厳な建物で仕事にずりかかったら、それを地面に匕きたおしお、自分もその廃墟に埋たっおしたうたでは、手を止めようずしないだろう。わたしがひたすらに望むのは、ゞョンが珟圚の苊悩を経お、未来にはもっず慎重にしなければならないず知るこずであり、圌が他人のこずで心を悩たすのをやめるこずであり、棍棒の力で、近所の人の犏利や、䞖界の平和ず幞犏ずを促進しようなどずいう無益なこころみをやめるこずである。そしお、圌が静かに家に匕きこもり、だんだんに自分の邞を修理し、自分の気のむくようにその豊沃な地所に草朚を栜培し、もし圌が正圓だず思うならば、収入を節玄しお䜿い、もしできれば、始末に負えない子䟛たちをきちんずさせ、たた昔栄えおいた頃の楜しい情景を取りもどしお父祖䌝来の地で、すえながく、元気で、立掟で、愉快な老幎をたのしんでもらいたいのだ。
"そこは心地よいたどろみの囜。\n倢は半ばずじた県の前にゆれ、\nきらめ(...TRUNCATED)
"深海の宝の貎さも、\n女の愛に぀぀たれた\n男のひそかな慰めには及ばな(...TRUNCATED)
"船よ、船よ。倧海原の真只䞭でも\nわたしはお前を芋぀け出す。\nわたし(...TRUNCATED)
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